血液ガス分析 酸塩基平衡の評価

血液ガス分析

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/12 15:11 UTC 版)

酸塩基平衡の評価

代謝性アシドーシス

代謝性アシドーシスにはアニオンギャップが増加するものとアニオンギャップが増加しない高クロール血性代謝性アシドーシスがある。AG の増加はそれだけで代謝性アシドーシスが存在するといえる重要な所見である。気をつけなければいけないこととして AG は低下する病態が存在することである。具体的には低アルブミン血症、IgG 多発性骨髄腫ブロマイド中毒、高カルシウム血症高マグネシウム血症高カリウム血症が存在する。特に低アルブミン血症のため AG の増加がマスクされることはよくあり、アルブミンが 1 mg/dL 低下するごとに AG は 2.5 ~ 3 mEq/L 低下することが知られている。これはアルブミンがアニオンであるためである。もし AG が増加していたら補正重炭酸イオンを計算する。これは ΔAG = AG - 12 とし、"補正重炭酸イオン" = "重炭酸イオン" + ΔAG で計算され、これは代謝性アシドーシスを来たした陰イオンの増加分がなかったと仮定した場合の重炭酸イオンの値である。そしてその値をもとに代償性変化が予測範囲内にあるかどうかを検討し、予測範囲外ならばどうような病態が合併したのかを考える。

AG増加性代謝性アシドーシス

AG の増加は不揮発酸の蓄積を示す。人間の身体は電気的に中性である。即ち、陽イオンの価数だけ陰イオンが存在する。陽イオンは主にナトリウムイオンであり陰イオンはクロールイオン、重炭酸イオン、有機酸である。よって AG を以下のように定義すると大雑把に有機酸がどれ位あるのかを把握することができる。AG = "ナトリウムイオン" - ("クロールイオン" + "重炭酸イオン") である。正常値は 12 ± 2 mEq/L である。カリウムイオンを考慮することもあるがその場合は正常値が 16 前後となる。

内因性物質の代謝によるもの
乳酸アシドーシスやケトアシドーシス、尿毒症で起こる。ケトアシドーシスの原因としては糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール性ケトアシドーシス、飢餓によるものが知られている。また重要な原因としては痙攣発作後の代謝性アシドーシスも AG 増加性代謝性アシドーシスである。これは痙攣発作によって筋肉から乳酸が放出されるためと考えられている。救急の現場では AG 増加性代謝性アシドーシスは KUSSMAL と覚えられる。これは糖尿病性ケトアシドーシス (diabetic Ketoacidosis)、尿毒症 (Uremia)、サリチル酸中毒 (Salicylic acid intoxication)、敗血症 (Sepsis)、メタノール (Methanol)、アルコール中毒 (Alcohol intoxication)、アスピリン中毒 (Aspirin poisoning)、乳酸アシドーシス (Lactic acidosis) である。
外因性
メチルアルコールエチレングリコールサリチル酸パラアルデヒドによる中毒で起こる。

特に外因性の AG 増加性代謝性アシドーシスを疑う場合は浸透圧ギャップを計算してみると明らかになることもある。

高クロール性代謝性アシドーシス

AGが増加しない代謝性アシドーシスである。頻度としてはこちらの方が明らかに多い。重炭酸イオンの喪失、尿細管での水素イオン分泌障害、塩酸の投与といった原因によって起こる。呼吸性アルカローシスの代償もこの機序で起こる。

重炭酸イオンの喪失
下痢や尿管 S 状結腸吻合、アセタゾラミドの投与によって重炭酸イオンは喪失される。また近位尿細管性アシドーシスでも重炭酸イオンの喪失は起こる場合がある。
尿細管での水素イオン分泌障害
近位尿細管性アシドーシス、遠位尿細管性アシドーシス、尿細管や腎間質の疾患、低アルドステロン症では尿細管での水素イオンの分泌障害がおき代謝性アシドーシスにいたる。なお尿細管性アシドーシスではしばしば低カリウム血症を伴うことが特徴である。

代謝性アシドーシスとカリウムの関係

アシドーシスは高カリウム血症を伴い、アルカローシスは低カリウム血症を伴う、とは臨床医学の格言の一つである。確かに代謝性アシドーシスを生じるような病態では組織、細胞傷害や腎機能の低下が生じていることが多く、高カリウム血症になりやすい。それに加えて、代謝性アシドーシスではカチオンバランスの維持のため細胞内から細胞外にカリウムが移動するといわれている。この機序では pH が 0.1 低下するごとに血清カリウム濃度が 0.6 mEq/L 上昇するといわれている。しかしこの細胞内からの移動に関してはメカニズムによって異なることが知られている。高クロール性代謝性アシドーシスではクロールイオンが細胞内に入りにくいため水素イオンが細胞内に入る代わりにカリウムが細胞外で排出されるが、AG 増加性代謝性アシドーシスでは水素イオンが細胞内に入る際、アニオンである有機酸も一緒に細胞内に入るため、カチオンバランスが崩れることがなく、カリウムの排出は起こらないといわれている。但し頻度としては圧倒的に高クロール性代謝性アシドーシスの方が多いため、格言は一概に誤りとは言えない。アシドーシスなのに低カリウム血症をきたす疾患としては下痢尿細管性アシドーシスが知られている。

代謝性アシドーシスの尿所見

アシデミアがあり血清重炭酸イオン濃度が低下しているような状態では代償機構として尿を酸性化し、体内をアルカリに保とうとする。腎機能障害がなければ尿 pH は 5 以下に低下するはずである。しかし尿の酸性化障害、尿細管アシドーシスがある場合はそのような代償機構が働かないとされている。腎臓の水素イオン排出力を調べるには尿アニオンギャップを計算すればよい。UAG = Na + K - Cl を定義する。正常値は 0 である。水素イオン排出が亢進しているとき、例えば下痢の時は UAG は -30 程度の負に傾くが遠位尿細管性アシドーシスなど水素イオン排出力が低下した病態では 25 程度に増加している。

代謝性アルカローシス

代謝性アルカローシスは一時的には血中 HCO3- 濃度を上げるような異常のプロセスが存在することである。しかし、HCO3- は本来は糸球体で濾過されて尿細管にて再吸収されるのだが再吸収量に域値があるため正常人では大量に HCO3- を摂取しても代謝性アルカローシスには陥らない。即ち代謝性アルカローシスをみたら、 HCO3- の産出機構の他に HCO3- を排出できない病態、即ち代謝性アルカローシス維持機構が存在していると考えなければならない。

代謝性アルカローシスの原因

これらは血中 HCO3- 濃度を上昇させる因子である。代謝性アルカローシス維持機構が存在しなければ、これらの原因で代謝性アルカローシスが持続することは考えにくい。

水素イオンの喪失
頻度として多いのは嘔吐胃液の吸引などである。胃液を排出することで水素イオンが消化管から喪失される。また尿中への排出されることもある。頻度としては利尿薬の投与や鉱質コルチコイド過剰などがあげられる。高カルシウム血症やペニシリン誘導体の投与でも起こりえる。また重要な法則である低カリウム血症でおこるアルカローシスは水素イオンの細胞内移動によって血中からは水素イオンが失われる。
HCO3- 投与
大量の輸血(クエン酸を含んでいる)やメイロンの投与である。
代償性変化

代謝性アルカローシスの維持機構

尿中の HCO3- 排出を抑制するものがアルカローシスの維持には必要である。頻度としては有効循環血漿量の低下によることが最も多い。

GFR の低下
糸球体濾過量の低下であり、腎不全でおこる。
HCO3- 再吸収亢進
有効循環血漿量の低下や低カリウム血症で起こる。
腎臓における HCO3- 産出増加
鉱質コルチコイド過剰、利尿薬の使用、高カルシウム血症、ペニシリン誘導体の投与はアルカローシスの発生機序でもあり維持機構でもある。

代謝性アルカローシスの尿所見

腎機能が正常の場合は尿中のクロールイオン濃度を測定することで原因がわかることもある。尿中Cl濃度が 10 mEq/L 以下の場合は循環血漿量の低下が強く疑われる。このような代謝性アルカローシスの多くは生理食塩水の輸液によって改善が見込め、Cl 反応性アルカローシスといわれている。利尿薬を用いていないにもかかわらず、尿中 Cl 濃度が 20 mEq/L 以上である場合は生理食塩水の輸液では改善が見込めないため Cl 不応性アルカローシスといわれている。Cl 不応性アルカローシスの原因としては鉱質コルチコイド過剰であることが多い。

嘔吐による代謝性アルカローシス

嘔吐がおこり HCl が体内から失われると、細胞外液が減少し、脈拍の増加などの臨床所見がみられるにも拘わらず、尿中 Na 濃度は 20 mEq/L 以上である。通常は有効循環血液量が減少すると尿中 Na 濃度は 10 mEq 未満となるのだが、嘔吐ではこのような反応がマスクされる。これは HCO3- 排泄のために遠位尿細管で Na や K を分泌するためと考えられている。代わりに嘔吐では尿中 Cl 濃度が 10 mEq/L 以下となるのが特徴的である。嘔吐が止まると、HCO3- を排出しなくなるので、まずは Na の再吸収が正常に戻り、その結果水素イオンが分泌されるため、体内はアルカローシスにもかかわらず酸性尿が作られるようになる。この状態では尿中 Na 濃度は 10 mEq 以上となるが Cl は依然と低値のままである。有効循環血漿量が改善するとようやく代謝性アルカローシスが改善してくる。通常尿中 Cl の意義は尿中 Na と同様であるが、代謝性アルカローシスの場合は尿中 Na が体液量の指標にならず、尿中 Cl が指標となる。

アルドステロン症による代謝性アルカローシス

アルドステロン症ではアルドステロンの過剰のため、尿中の Na, K, Cl の量が極めて多くなり、また酸性尿が生成される。アルドステロン症の代謝性アルカローシスは低カリウム血症によるものと考えられている。カリウムの欠乏がなければ、アルドステロン症であっても代謝性アルカローシスが起こらないか、起こっても比較的軽度である。アルドステロン症による代謝性アルカローシスは Cl 不応性アルカローシスである。

利尿薬による代謝性アルカローシス

頻度としては高いのはループ利尿薬フロセミドの乱用による代謝性アルカローシスである。このような状態では低カリウム血症にもかかわらず、尿中 K 濃度が比較的高い(10 mEq/L 以下ならば低値、こういったときは下剤の乱用も考える)のが特徴である。尿中 Cl 濃度が高ければ利尿薬乱用の可能性が高まる。しかしそうでなければ、かなり稀ではあるがバーター症候群の可能性がある。バーター症候群と似た臨床像を呈する疾患としてギッテルマン症候群がある。両者の鑑別には尿中 Ca 濃度を測定すればよい。バーター症候群では尿中の Ca 濃度が上昇していることが多い。フロセミドの乱用(偽性バーター症候群)、バーター症候群ともに尿中 Ca 濃度が上昇する。これは尿からのカルシウムイオンの排出が促進するからである。高カルシウム血症ではその効果を期待して、多尿であるにもかかわらずフロセミドを治療として用いる。利尿薬による代謝性アルカローシスはアセタゾラミドの投与で改善しうる。ダイアモックスを 250 ~ 500 mg/day 投与し、高アンモニア血症に注意する。

代謝性アシドーシスの治療

代謝性アシドーシスの治療にはアルカリ剤の投与が行われる。HCO3- の不足を補うため炭酸水素ナトリウムの投与が行われることが多い。

"不足 HCO3-" (mEq/L) = "体重"(kg) × 0.2 × (24 - "測定 HCO3-")
"不足 HCO3-" (mEq/L) = "体重"(kg) × 0.2 × B.E.

から計算され、まず半分量を投与し pH をみながら追加していく。メイロンで行う場合は単位換算が必要である。7% メイロン 20 mL では 17 mEq/L であり、8.4% メイロン 20 mL では 20 mEq/L で計算する。一過性に PaCO2 が上昇するため、十分な換気が確保された状態で行う。心肺蘇生時に必ず代謝性アシドーシスの補正は行うので、1 回の心肺停止でおよそ 10 mEq/L の炭酸水素ナトリウムが不足するため、50 kg の人ならば 7% メイロン 120mL が必要であるということは経験的わかっている。但し実際には 20 mL ずつ 10 分毎に投与といった方法で行う場合が多い。

呼吸不全時の呼吸性アシドーシスが見られたときかつてはアシドーシスの補正のために重炭酸ナトリウム溶液を点滴するなどの処置がとられていたこともあったが、治療成績に変化はなく単なる補正の意義は小さいことが判明してきた。







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