茨城県の軍事遺跡一覧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/19 02:43 UTC 版)
水戸市
ひたちなか市
- 水戸飛行場跡地(水戸つばさの塔)
- ひたちなか市新光町
- 大日本帝国陸軍が1938年(昭和13年)に飛行場設置、翌1939年(昭和14年)に水戸陸軍飛行学校が開校、1945年(昭和20年)4月に師団主力が群馬県新田飛行場に移動するまで通信、戦技、武装、高射、化学戦、自動車等の教育と研究を実施していた[13]。
- 終戦から30年後の1975年(昭和50年)に、那珂湊運動公園に隣接する飛行場跡地敷地内に関係者と有志により「水戸つばさの塔」が建立され、学校門柱、戦闘機プロペラ、エンジンなどが展示されている[13]。
- なお、戦後は付近一帯の現国営ひたち海浜公園および常陸那珂地区が1946年(昭和21年)から27年間アメリカ軍の水戸対地射爆場として使用され、1973年(昭和48年)に日本に返還された[14]。
北茨城市
- 風船爆弾放流地跡
- 北茨城市大津町
- 全国で三か所から飛ばされた風船爆弾の放流地跡のひとつで、記念碑を残し整備されている[15]。
- 特攻艇格納壕跡
- 平潟町平潟港
- 本土決戦に備えて温存されていた特攻艇震洋の「第138震洋隊」訓練基地跡で、特攻艇を隠していたトンネルが現存している[15]。
- 大銀杏
- 水戸市銀杏坂
- 1945年(昭和20年)8月2日の水戸空襲で黒焦げになった銀杏の木が現存、新芽を吹いて再生したもの[15]。
- 歩兵第二連隊跡・水戸工兵隊記念碑
- 水戸市袴塚3丁目
- 1944年(昭和19年)11月にペリリュー島で玉砕した歩兵第二連隊の営巣地跡地で、現地には記念碑のみ現存する[15]。
所在地不明
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- ^ a b c d e f 戦跡マップ, p. 5.
- ^ 阿見町商工観光課. “『予科練』とは”. 阿見町. 2017年8月29日閲覧。
- ^ a b “「予科練」とは”. 予科平和練記念館. 2017年8月29日閲覧。
- ^ a b c d 戦跡マップ, p. 6.
- ^ “土浦市における戦災の状況(茨城県)”. 総務省. 2017年8月29日閲覧。
- ^ “フロアガイド”. 予科平和練記念館. 2017年8月29日閲覧。
- ^ “筑波海軍航空隊記念館(笠間市)”. 茨城県観光物産協会. 2017年8月29日閲覧。
- ^ a b c 戦跡マップ, p. 2.
- ^ “これが地下要塞だ!”. プロジェクト茨城. 2017年8月29日閲覧。
- ^ 文化振興課. “石岡海軍航空基地 (PDF)”. 石岡市教育委員会. 2017年8月29日閲覧。
- ^ a b 関東地方整備局 (2009年). “霞ヶ浦湖岸施設(元鹿島海軍航空跡) (PDF)”. 国土交通省. 2017年8月29日閲覧。
- ^ 伊藤 編(2008):16ページ
- ^ a b “水戸陸軍飛行場跡地見学”. いばらきコープ (2016年5月13日). 2017年8月30日閲覧。
- ^ “水戸対地射爆撃場返還の歴史”. ひたちなか市 (2014年7月31日). 2017年8月30日閲覧。
- ^ a b c d 戦跡マップ, p. 4.
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