聖書ヘブライ語 発音

聖書ヘブライ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/18 08:47 UTC 版)

発音

紀元前1千年紀のヘブライ語の発音については不明な点が多い。6世紀以降にマソラ学者によって正確な発音を表記する工夫がなされ、そのひとつであるティベリア式発音の記号が聖書にはつけられている。

各地の離散ユダヤ人はそれぞれ独自の伝統に従って聖書を読んだ。イスラエルでは現代ヘブライ語の発音で聖書を朗読している[9]

子音

セム祖語には29種類の子音が立てられるが、そのうち歯摩擦音の系列(ṯ ḏ /θ ð/)はヘブライ語ではそれぞれ/ʃ z/に融合した。また強勢音/θʼ ɬʼ/ /sʼ/ に融合した[10][11]

ヘブライ文字で1つの子音字がセム祖語の複数の音に対応するものには、ほかにח(ḥ ḫ /ħ x/)、ע(ʿ ḡ /ʕ ɣ/)、ש(š ś /ʃ ɬ/)があるが、これらの音は同じ字で書かれていてもヘレニズム時代にはまだ区別されていた可能性がある[12]。ティベリア式発音ではこのうち š ś の区別のみが残ったが、おそらく後者の ś はすでに s に融合していた[13][14]

ヘブライ語で強勢音がどのように発音されたかは不明である。本来は放出音だったかもしれないが、後にアラビア語圏では咽頭化し、ヨーロッパでは単純な子音になった[15]

ほかにセム祖語に由来しない子音として、ギリシア語イラン語派の無気音のpを表すための強勢音のがあったと考える学者もある[13]

6つの破裂音/p b t d k ɡ/は、母音の後の重子音以外の位置で摩擦音/f v θ ð x ɣ/に変化した(翻字するときには横線を加えてp̄ ḇ ṯ ḏ ḵ ḡと記される)。本来これらは音韻論的には条件異音であって音素としては同一だった[16]。しかし後に条件を成りたたせる母音が消失することによって音韻論的に異なる子音になった[17]

「喉音」と呼ばれる4子音/ʔ, h, ħ, ʕ/は時代とともに弱化し、また周辺の母音の音色に影響を与えた[16]。これらによって以下のような不規則な現象が引きおこされた。

  • 喉音および/r/重子音化しないため、重子音は単純子音化した。そのかわりに先行する母音を長母音化(代償延長)することがあった。
  • 喉音の後には母音/ə/を加えることができず、最短母音(/ă, ĕ, ŏ/)に変わった。
  • /ʔ/を除く語末の喉音の前に母音/a/音挿入された(潜入パタフ)。

母音

ヘブライ文字では y w h などの子音を表す文字を母音のために転用することがあったが(準母音と呼ばれる)、聖書においてはこれらの文字を入れるか入れないかが不規則であり、同じ語でも複数の綴り方がなされることがあった[18]。中世の学者によってつけられたニクードによって正確な母音が判明するが、この記号によって示されるティベリア式発音は、ヘクサプラ(3世紀はじめ)でギリシア文字によってつけられた母音とはかならずしも一致しない。

セム祖語には短母音 a i u、長母音 ā ī ū、二重母音 ay aw が立てられる。これに対してヘブライ語のティベリア式発音では7つの母音/a ɛ e i ɔ o u/、有声のシュワー/ə/、3つの最短母音/ă ĕ ŏ/の合計11の母音を立てる(ニクードでは原則として母音の長短は表されない[19])。慣習的な翻字では、12世紀のヨセフ・キムヒ (Joseph Kimhiらによる長短5母音による読みを反映して、/ɛ/をeで、/e/ēで、/ɔ/を長母音はā・短母音はo、/o/ōで表すが(さらに準母音がつくときには â ê î ô û などの記号を用いる)、これはマソラ学者の本来の意図からずれている[20]

聖書ヘブライ語には単語に停止形があり、息の切れ目に置かれた単語を長めに発音する結果、母音が変化することがある[21]

セム祖語の長母音のうちī ūはヘブライ語でもそのまま残ったが、āōに変化した。二重母音は強勢がある場合には原則として2音節化し(ay → ayi、aw → āwe)、そうでない場合には紀元前1千年紀後半以降に単純母音化して ē ō になった[22]

いっぽう、セム祖語の短母音のヘブライ語での変化は複雑である。一般に強勢のある音節では長母音ā ē ōになった。ただし母音がaの場合、(セム祖語で)重子音で終わる音節では短いまま残り、子音結合で終わる場合にはaはeに変化して、さらに子音結合の間に音挿入がなされた(いわゆるセゴリーム (Segolate[23]meleḵ < *malk「王」)[24]。強勢のない場合、開音節では位置や品詞によって長母音またはシュワー(あるいは最短母音)に変化したが、閉音節では短いまま残った[25]

聖書ヘブライ語には二重母音は存在しない[26]

音節構造

聖書ヘブライ語の音節は原則として子音ではじまり、開音節(CV)または閉音節(CVC, CVCC)であるが、CVCCは語末にのみ現れる。ただし接続詞 wə-û に変化する場合のみ母音ではじまる。ティベリア式発音ではシュワーを持つ音節が2つ続くことは許されず、CəCəCiCに変化する[27]

強勢は多くの語において最後の音節に置かれるが、最後から2番目に強勢の置かれる語も少なくない[28]


  1. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Ancient Hebrew”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/anci1244 
  2. ^ a b McCarter (2004) p.362
  3. ^ Steiner (1997) p.145
  4. ^ a b c McCarter (2004) p.319
  5. ^ McCarter (2004) p.320
  6. ^ McCarter (2004) p.321
  7. ^ a b キリスト聖書塾(1985) p.389
  8. ^ Serge Frolov, Dating Deborah, The Torah.com, https://www.thetorah.com/article/dating-deborah 
  9. ^ キリスト聖書塾(1985) p.390
  10. ^ MacCarter (2004) p.333
  11. ^ Huehnergard (2004) p.144
  12. ^ Steiner (1997) p.148
  13. ^ a b Steiner (1997) p.147
  14. ^ McCarter (2004) p.324
  15. ^ McCarter (2004) pp.324-325
  16. ^ a b McCarter (2004) p.330
  17. ^ Steiner (1997) p.147
  18. ^ キリスト聖書塾(1985) pp.397-398
  19. ^ McCarter (2004) p.323
  20. ^ Steiner (1997) p.172
  21. ^ キリスト聖書塾(1985) pp.394-395
  22. ^ McCarter (2004) pp.329-330,334
  23. ^ キリスト聖書塾(1985) p.33
  24. ^ McCarter (2004) pp.327-328,331,340
  25. ^ McCarter (2004) pp.328-329
  26. ^ McCarter (2004) p.331
  27. ^ McCarter (2004) pp.331-332
  28. ^ McCarter (2004) pp.332-333
  29. ^ McCarter (2004) pp.336-339
  30. ^ McCarter (2004) p.346
  31. ^ Steiner (1997) p.153
  32. ^ キリスト聖書塾(1985) p.67
  33. ^ McCarter (2004) pp.342-345
  34. ^ キリスト聖書塾(1985) p.416-427
  35. ^ McCarter (2004) pp.347-348
  36. ^ McCarter (2004) p.348
  37. ^ キリスト聖書塾(1985) pp.407-411
  38. ^ McCarter (2004) pp.349-350
  39. ^ 動詞の例として伝統的にはアラビア語文法にならって√pʿl (פעל)「する、作る」が使われていたが、この語はヘブライ語では詩にしか使われない上に喉音の「ʿ」を含むために不規則変化する問題があった。かわりに√qṭl (קטל)「殺す」や√lmd (למד)「学ぶ」が使われることが多い。
  40. ^ McCarter (2004) pp.352-355
  41. ^ McCarter (2004) pp.356-357





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