種 (分類学)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/28 05:00 UTC 版)
種の定義
以下にはよりなじみの深い真核生物の分類、より厳密に言えば動物を中心に成り立つ種分類上の留意点について記述する。ここには真核生物でも植物 (Plant)、菌類 (Fungi)、原生生物 (Protista) などでは成立しない定義も多く含まれている。上述した「有性生殖の役割」も植物、菌類、原生生物では成立しないケースがある。これらでは有性生殖がほとんど認められなかったり、交配できない不和合接合型(クローンや親子兄弟など同じもしくは近い型の間では有性生殖が成立しない)が認められたりする例が多数ある。このため「交配可能かどうか」は種の分類に使いにくい場面が多い。専門家の間で完全に同意を得られるような種の定義はない。つまり、生物の集団をどうとらえるかは、研究者・分類群・研究の目的によって異なり、全ての生物の分類に適用可能な種の概念は存在しないということである[2]。
形態的種の概念
様々な生物を分類するにあたって、外観や解剖学的特徴によって区別することは最も古くから行われてきた。生物の形態によって種を区別することを形態的種の概念と言う。形態的な差を種の同定の基準に用いることは分類が主観的になりすぎる問題がある。特に視覚的な基準を用いるのは人間の視覚が発達しているためでしかない。生物個体のどのような特徴を判断の基準とするかがあいまいである。また性的二型のような多型を別種と誤解する可能性がある。しかし、現在記載されている種のほとんどは形態的種で、特に化石生物は全て形態的種である。なお、このような分類では生殖器の構造、特に交接器の構造が重視される。これは生殖器の物理的な差異が配偶を困難にし、生殖的隔離をもたらす可能性が高いと推定できるためで、生物学的種の同定の基準となりうるからである。
北アメリカでは複数種の同属のホタルがおり、それらは外見上は区別が困難であるが、それぞれの発光パターンが異なる。このパターンによる雌雄のやりとりで交尾が行われるので、種間の生殖隔離は成立している。このような生物は隠蔽種(英:cryptic species)と呼ばれ、形態によって区別することはできないから、他の概念を適用することでその存在が知られる。その場合でも、そこに種の違いが存在することを知った上で研究が行われれば、わずかの形態の違いで区別が可能となる場合もある。
生物学的種の概念
マイヤーによって1942年に提案された、生物学では最も一般に用いられている種の概念。この定義では、同地域に分布する生物集団が自然条件下で交配し、子孫を残すならば、それを同一の種とみなす。
逆に、同地域に分布しても遺伝子の交流がなされない、あるいは交流がなされても子孫が存続しないならば、異なる種とされる(=生殖的隔離が完了している)。たとえばロバとウマの交雑によってラバという雑種が生まれるが、ラバはほとんど繁殖力を持たず、世代が続くことはない。よってロバとウマは別の種と見做される。
それぞれの生物集団が異なる地域に属していたり、違う時代に属している場合、生殖的隔離の検証が出来ないため、その生物の形態の比較、集団レベルでの交配および受精の可能性の検証、雑種の妊性(稔性)の確認を通じて、同一の種であるかが検討される。
ただし雑種が全て生殖能力に劣るわけではない。特に、植物では従来の見解では異種であった個体群を交配させて園芸品種を作ることは頻繁に行われている。このようなときは、この定義を厳密に当てはめた場合種ではなく亜種として分類しなおすことになる。野生下での交配可能性のみを問題にする立場からしても、イヌ属やカモ属、キジ属などの場合は亜種として扱うことになる。
生物学的種を普遍的なものとして扱いたい場合に最も根本的な問題となるのは交配せず無性生殖のみを行う生物である。この定義を適用すれば全ての個体の系統が異なる種に分類されることになり、現実的ではない。はるか昔に絶滅した種を扱う古生物学にも適用できない。また実際的な問題として、無数の生物の組み合わせ全てで実際に交配が行われるかどうかを確認するのは不可能である。
さらに輪状種の存在は生物学的種に困難をもたらす。輪状種とは近接して生息する個体群AとB、BとCが交配可能であるが、離れて生息する個体群AとCの間に生殖的隔離が存在する亜種の混合個体群のことである。この場合AとCは生物学的に別種であるが、AとB、BとCは定義上、同種である。全ての種は時間的には連続した存在だが、輪状種はそれを空間的に見ていると言うことができる。
生態学的種
生物をその生活している場またはニッチ(生態的地位)で分かれているかどうかを判断する立場。実験室内では交雑可能であっても、その生息域や行動から、交配の可能性がなく、別個体群としてふるまっていれば、別種とみなす。たとえば、ニホンザルとタイワンザルは交配可能であり、その子孫も繁殖力があるが、地域的に完全に隔離されており、その限りでは形態的差にも差があり、別種と見なして良いと判断する。また、イヌとオオカミはしばしば同じ地域に生息し交配も可能であるが、繁殖サイクル、行動、学習パターン、主な食料などの点で全く異なるニッチに属しているため生態学的には別種といえる。
地理学的種
地理的に隔離されている物を別種と見なす。種の分化はどんな形であれ、最初に地理的隔離が起きたのだと考える説が有力であるが、それに基づけば、「地理的な種」は生物学的には未分化であっても、いくらかの遺伝子の差異が存在し、いずれは完全に異なる種になりうる。一般的にこの地理学的種の定義が用いられるのは生物の地域的変異(の保護など)に言及する場合が多い。しかしこの定義では(他の定義以上に)亜種と種の区別が困難であり、恣意的に用いることになる。上述のニホンザルとタイワンザルも厳密には地理学的種である。
進化学(系統学)的種
単系統に属し、他の系統と異なる特徴、進化的傾向を持つ生物群や系統を種とする。この場合、進化的傾向は恣意的であること、個体群と真の種の間の区別ができない事などが問題となる[3]。
時間的種
時間的種は種の誕生と終焉によって定義される。種の誕生は種分化あるいは単系統の漸進的な変遷であり、終焉とは絶滅あるいは漸進的な変遷である。この定義は形態的種や生物学的種が進化的時間を考慮していないことから提案されたが、種の分類には形態が用いられるという点で同様の欠点がある。特に親種からの漸進的な変遷、孫種への漸進的な変遷が起きた場合、どこで種の区別をするかが恣意的にならざるを得ない[4]。
それ以外の種概念
Maydenによる分類からいくつか引用する[5]
- 無性種概念
- 分岐学的種概念
- 認識種概念
- 系統発生種概念
- 生態学的種概念
- 進化的に重要な単位
- 遺伝的種概念
- 繁殖競争概念
- 遺伝子型クラスター定義
- ヘニッヒ的種概念
- ^ Mayden R. L. A hierarchy of species concepts: the denouemant in the saga of the species problem. In: Claridge M. F. , Dawah H. A. and Wilson M. R. (eds),1997. Species: the Units of Biodiversity. Chapman & Hall, London, 381-424.
- ^ 河田雅圭『1章 個体の行動の進化』 行動・生態の進化(シリーズ進化学 第6卷). 長谷川 眞理子,河田 雅圭,辻 和希,田中 嘉成,佐々木 顕,長谷川 寿一 (eds). 2006年6月. 岩波書店. ISBN 4-00-006926-8
- ^ エルンスト・マイア 『進化論と生物哲学』pp309-310 東京化学同人
- ^ エルンスト・マイア 『進化論と生物哲学』pp310-312 東京化学同人
- ^ a b Mayden R.L. Consilience and a Hierarchy of Species Concepts:Advances Toward Closure on the Species Puzzle Journal of Nematology 31(2):95–116. 1999
- ^ Hey J. The mind of the species problem TRENDS in Ecology & Evolution Vol.16 No.7 326-329 July 2001
- 種 (分類学)のページへのリンク