液晶 液晶相の種類

液晶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/26 08:05 UTC 版)

液晶相の種類

重心の位置がランダムな液晶

ネマチック液晶(N液晶)

ネマチック液晶は棒状分子の向きが平均して同一方向に揃っており、分子の重心秩序はまったくランダムな中間相である。ネマチック液晶は、普通の液体と同様の流動性がある。通常のネマチック相では分子の頭尾の向きには規則性はなく、また分子の配向方向に垂直な面内では分子の向きはランダムである。N液晶となる分子には極性を持つ物も多いが、一般的なN液晶は非極性である。

「ネマチック」という名称はギリシア語の「糸」に由来し、ネマチック液晶を顕微鏡で観察すると、糸状の構造が見られることからフリーデルが命名した。分子の平均配向方向は文字nで表記され、配向ベクトル(Director)と呼ばれている。非極性であるので物理的にn=-nであることから、ベクトル表記はされない[3]。 棒状分子が1方向に並んでいるので配向ベクトル方向とそれと垂直方向では、屈折率誘電率が異なっている。N液晶は光学的1軸性物質で、棒状分子のN液晶は正の1軸性である。誘電率については、分子構造により、正の異方性のものも、負の異方性のものも存在する。

ネマチック液晶には流動性があり、液体と同様に形態変化しても元の形には戻らない。しかし、配向ベクトルの空間分布に関しては、全体で一様である方がエネルギー的に有利であるため、与えられた条件下で変形のエネルギーが最小となるような空間分布となる。ただし、局所的な配向変化を安定状態に引き戻す復元力は小さいため、外部電場の印加により容易に配向ベクトル方向を変化できる。電場印加後は復元力により自動的に電場印加前の状態へと復帰する。これを利用したのが液晶ディスプレイである。

ディスコチックネマチック相

円盤状分子からなるネマチック相である。配向ベクトルは円盤面に垂直な方向となる。このため、棒状分子からなるネマチック相とは逆に、負の光学1軸性を示すことが普通である。

カイラルネマチック相(N*相)

カイラルネマチック相は歴史的にはコレステリック液晶と呼ばれていた状態で、外観がネマチック相と大きく異なるために、別の液晶状態として命名された。コレステリック液晶という名称はコレステロール誘導体で発見されたことに由来する。

ふつうのN液晶は、不斉炭素のない分子か、ラセミ体混合物など掌性を持たない分子により構成されるのに対して、カイラルネマチック相は、掌性のある分子か、ネマチック液晶に掌性のある分子を加えた時に発現する状態で、配向ベクトルの方向が配向ベクトルに垂直な一つの軸方向で螺旋状の変化していく構造をしている。 カイラルネマチック液晶のように、不斉構造を持つ液晶相は、その元である相に*マークをつけて不斉構造の存在を示す。カイラルネマチック相はこの規約に従いN相に*をつけてN*相と表記する。ただし、歴史的経緯によりCh相と表記される場合もある。

N*相は螺旋周期に平均屈折率をかけた波長の光を反射する。左巻きのN*相は左円偏光のみを反射し、右円偏光は反射せずに透過する。右巻きのN*相は逆に右円偏光のみを反射する[4]。この現象は選択反射と呼ばれている。選択反射が可視領域にあると、N*相は色づいて見える。この現象を利用したのが液晶温度計である。

ブルー相(BP相)

N*相と等方相との間にN*相ではない中間相が出現することがある。この状態も配向ベクトル方向のねじれ構造を持つが、N*相とは異なり、複数の方向にねじれるダブルシリンダー構造となっている。この相の研究初期に見いだされた状態が青色を示したことからブルー相と呼ばれるようになったが、全てのブルー相がブルーに発色するわけではない。3種類のブルー相の存在が知られている。

重心位置に1次元周期構造(層構造)を持つ液晶相

重心位置に1次元の周期構造を持つ液晶群はスメクチック液晶(Sm液晶)と呼ばれている。Sm相は1次元的な重心の周期構造(層構造)を持ち、結晶的な側面を持ち、液体やネマチック相のような流動性はない。シャボン膜両親媒性分子が層をなす構造となっており、Sm相の一種として考えることが出来る。スメクチック液晶の語源は石けんを意味するギリシャ語に由来する[3]

Sm相は層内の分子の配置によりSmA、SmB、SmC,....と、さらに複数の状態に分類されている。命名は発見順になされており、液晶の状態を反映したものではない。かつて、Sm液晶とされていたものの中には、現在は別の名称が使われている物もある。

SmA、SmC相

1次元的な周期構造を持つが、層内には重心の秩序はない2次元液体状態の相である。SmA相では分子長軸は層法線方向を向いているが、SmC相では層法線に対して有限の傾き角を持っている。傾き方向は層をまたいで同方向であるが、中には、層毎に逆方向に傾くものもあり、SmCA相と呼ばれている。

SmB、SmF、SmI相

1次元的な周期構造に加え、層内で分子は六方対称の配置をしている。六方対称の格子方位は長距離秩序を持つが、分子の重心位置については、短距離の秩序しか存在しない。このような構造は、六角形の格子の中に、5角形と7角形の格子が組合わさった欠陥が存在することにより作り出されている。

これらの相はヘキサチック相とよばれSmBHEXのように記述されることもある。SmB相では分子長軸は層法線に平行、SmF相とI相は有限の傾きがある。SmF相では個々の分子は第2隣接分子方向に傾くのに対し、SmI相では隣接分子方向に傾いている。

CryB,CryG,CryH相

層内でも六方格子を組んでおり、分子の重心位置にも3次元的な秩序がある。これらの相は液晶研究者が研究対称としていたためSm相として分類されていたが、2001年のIUPACの勧告以来、Cry相と呼ばれるようになっている。完全な結晶との違いは分子長軸回りの回転が止っていないことである。直鎖アルカンでは、液体と結晶の間にローテーター相と呼ばれる状態が存在するが、これらのCry相は直鎖アルカンのローテーター相に相当するものである。CryB相は分子は層法線方向を向いているのに対して、CryG相とCryH相では分子は相法線から傾いている。CryBとSmBHEXは顕微鏡観察での区別が困難であるため、古い文献に記載されているSmBはSmBHEXの場合もCryBの場合も存在する。

CryE,CryJ,CryK相

これらの相では層内の配置が矩形格子となっている。また、分子の配置は矢筈型構造となっている。CryEでは分子は層に対して垂直で、CryJとCryKは傾いている。これらの相は光学的に2軸性を示す。

Cubic相

層構造がねじれて3次元構造を形成したもので、かつてはSmD相と称されていたが、3次元構造であることより、液晶からは外されている。

SmA*相およびTGB相

不斉炭素を含む分子からなるSmA相では通常の場合は不斉構造によるねじれはSm相の層構造により抑制され掌性のないSmA相と区別の付かない状態となる。特に不斉炭素を含んだ状態であることを示す場合にはSmA*相と表記することがある。

高温側の相との転移点近傍で層構造が柔らかく、また、分子のねじれ力が強い場合には、層構造に周期的に螺旋転位が発生し層が捻れていく構造となる。この状態はツイストグレインバウンダリー(TGBA*)相と呼ばれている。同様にSmC相の層が捻れたTGBC*相も存在する。

SmC*相および副次相

多くの化合物ではSmC相に不斉構造を導入した場合に、層のねじれが生じることなく、分子の傾き方向が層ごとに回転していく状態となる。この状態はSmC*相と呼ばれている。SmC*相の螺旋周期は物質により数百nmから数μm程度である。N*相と同様に、螺旋周期が可視光領域にある場合には選択反射が起こり発色する。

SmC*相はその対称性から強誘電性を示しうることが知られている[5]。典型的なSmC*強誘電性液晶では、分極は層内で分子の傾きと垂直な方向に発生する。螺旋構造があるため、巨視的には分極方向は打ち消しているが、螺旋構造と分極は直接はリンクしておらず、適当な化合物では螺旋が発散した状態で極性を保った状態を実現できる。 いくつかのSmC*相副次相の存在が知られている。SmCα*相はSmC*相の高温側に出現することのある相で、数分子程度の短い螺旋構造をとっている。SmCA*相は傾き方向が1層ごとに反転し、数百nm程度の螺旋周期も有する相で、分極は隣接層で相殺するが、強い外部電場により傾き方向がそろった状態に転移するので、反強誘電性相として知られている。そのほか、3層周期、4層周期、さらに多層周期の構造が見いだされている。層構造により反強誘電性かフェリ誘電性を示す。

重心位置に2次元周期構造(カラム構造)を持つ液晶相

多くの場合は円盤状分子または会合により円盤状になる分子がカラムを構成して、カラムが2次元配列した構造をとっている。カラム内の分子の重心位置には規則性がなく、この点で完全な結晶と異なっている。格子により以下のような分類がなされている。

ヘキサチックカラムナー相(Colh)

カラムが2次元的には六方格子を組んだ液晶相である。

レクタンギュラーカラムナー相(Colr)

カラムが形成する格子が長方形となったものである。

カラムナーオブリーク相(Colob)

カラムが形成する格子が平行四辺形となったものである。


注釈

  1. ^ Nematic液晶の日本語表記には「ネマチック」と「ネマティック」がある。日本液晶学会誌では2020年1月現在で「ネマチック」表記を用いている。これは文部省学術用語集 分光学編(S49年初版、H11年増改訂版)に従ったと考えられるもので、ここでもネマチック表記とする。スメクチック等も同様。
  2. ^ 英訳は Crytals That Flow Compiled with translation and commentary by T. J. Sluckin, D. A. Dunmur and H. Stegemeyer, Taylor & Fransis (2004)
  3. ^ この文献以外に複数の文献があるがいずれも液晶という言葉が用いられている。

出典

  1. ^ 第2版, 日本大百科全書(ニッポニカ),ASCII jpデジタル用語辞典,化学辞典 第2版,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,百科事典マイペディア,知恵蔵,精選版 日本国語大辞典,とっさの日本語便利帳,デジタル大辞泉,世界大百科事典. “液晶とは”. コトバンク. 2021年6月7日閲覧。
  2. ^ Definitions of Basec Terms RElating to Low-molar-mass and Polymer Liquid Crystals, IUPAC Recommendations 2001. Pure Appl. Chem., Vol. 73 No. 5, pp.845-895, (2001).
  3. ^ a b 液晶辞典 日本学術振興会情報科学用有機材料第142委員会液晶部会編 培風館(1989)
  4. ^ The Physics Of Liquid Crystals (International Series Of Monographs On Physics) P. G. de Gennes Oxford University PressU.S.A.; 2版 (2002/5/2)
  5. ^ Meyer, R.B.; Liebert, L. (1975). “Ferroelectric liquid crystals”. J. Physique Lett. 36: 69-71. doi:10.1051/jphyslet:0197500360306900. 
  6. ^ 液晶の歴史 (朝日選書) D・ダンマー (著), T・スラッキン (著), 鳥山和久 (翻訳) 朝日新聞出版 (2011/8/10)
  7. ^ F. Reinitzer, Monastshefte fur Chemie(Wien) Vol.9, 421-441(1888).
  8. ^ G. Friedel, Annales de Physique Vol. 18, 273-474(1922)
  9. ^ G. H. Heilmeier, Dynamic Scattering: A New Electrooptic Effect in Certain Classes of Nematic Liquid Crystals, Proc. I.E.E.E. 56 1162-71(1968).
  10. ^ 物理化学 大幸勇吉,「物理化学講義(中巻)」, p217(1908). 冨山房,東京.
  11. ^ 化学本論 片山正夫,「化学本論」, P.411 (1915).内田老鶴圃,東京.
  12. ^ 応物解説 山本健磨, 液晶(1-3), 応用物理, 6 , 234-240,290-293,340-343(1937)
  13. ^ 山崎 栄一,「液晶又は晶液精製の原理およびその性質につき」,日本化学会誌,43,134(1922).
  14. ^ 苗村省平,「Q & Aファイル101 液晶が分かる本」, (2001).工業調査会,東京.
  15. ^ 古畑芳男,鳥山和久,液晶再発見, 固体物理, 4, No.4, 32(1969) .
  16. ^ Von Bunichi Tamamushi, Bulletin of the Chem. Soc. Jpn., 9, 475(1934).
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  18. ^ 液晶紳士録 月刊ディスプレイ編集委員会編 液晶紳士随想録 テクノタイムズ社(2002)
  19. ^ 温度で七色に変化する“液晶”アイデアで用途は無限,新型商売特集号, オール生活 1979年11月増刊, 実業之日本(1979).
  20. ^ 佐々木昭夫,苗村省平 編,「液晶ディスプレイのすべて」, 工業調査会(1993).
  21. ^ 石川 謙,液晶21巻 136(2017).
  22. ^ プロジェクトX挑戦者たち「液晶 執念の対決」,Kindle版, (2012), NHK出版, 東京)
  23. ^ 船田文明、薄型ディスプレイ事始め、電気情報通信学会誌 89号 735-739(2006)
  24. ^ 船田文明 液晶イノベーション応用物理学会誌  Vol76. P462-471(2007)
  25. ^ 液晶ディスプレイ物語ー50年の液晶開発と未来に託す夢 小出直之編 エース出版(2013)





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