正圓寺 (大阪市) 歴史

正圓寺 (大阪市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/19 06:09 UTC 版)

歴史

天慶2年(939年)光道和尚により開基。当時は、現在地より東に500mのところにあった般若山阿部寺の一坊であったが、元禄時代(1688年 – 1703年)に義道見明和尚が寺を移転し、海照山正圓寺と改めた。 本尊は木彫の大聖歓喜双身天王で、これは日本最大である。 また、1989年から2002年までは、大相撲春場所開催のさい鳴戸部屋(現在の田子ノ浦部屋)の相撲部屋の宿舎となっていた。 

境内

境内には鎮守の神を祭る奥之院と呼ばれる場所があり、鎮守堂(荼枳尼天)、寄松塚(八本松竜王)、石切社分祠、浪切不動明王弁才天祠などが祭られている。

また、「兼好法師の藁打石」と「兼好法師隠棲庵跡」の碑が境内東側に建っている。兼好は南北朝時代にこの付近に移り住み、清貧自適な暮らしを営んでいたと言われている。

大阪五低山

別名「聖天山正圓寺」とも言われるが、「聖天山」は山号ではなく標高14mの低山の名前で、「大阪五低山」の一つ(残りは天保山御勝山荼臼山帝塚山)。山頂は正圓寺境内にある。

ちなみにこの山は聖天山古墳と呼ばれる古墳であることが分かっている。

札所

交通

事件

2018年10月に、同寺が所有する大阪市西成区内の土地を売却したかのように装い虚偽の登記の申請を行ったとして、同寺の56歳の僧侶と、会社役員の55歳男性の2人が、2023年10月5日大阪府警察電磁的公正証書原本不実記録容疑で逮捕された。同寺は当時、隣接する敷地に特別養護老人ホームを建設していたが、これによって資金繰りに行き詰まり負債を抱えており、資産の差押えを免れるため土地の所有権の移転を装ったと見られている[1]




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