揚力 揚抗比

揚力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 13:56 UTC 版)

揚抗比

抗力に対する揚力の強度をそれらの比の数である揚抗比であらわす。現実には抗力成分は0にならないため、揚抗比は有限の値をとる。翼の性能を表す代表値で最も重要なもののひとつ。仰角に依存するが抗力最小となる仰角における揚力(揚抗比)が重要である。

実用の翼型の多くは、揚力が抗力の幾倍も大きく設計される(揚抗比が1よりはるかに大きい)。

これは流体力を動力として利用する際にドラッグを利用するよりリフトを利用する方が高効率であることを意味する。実際のところ外輪船スクリュー船に負けるため観光用しか残っていない。風車も同じで現在実用されているものはみな揚力型である。飛行機は翼にて抗力で消費する推力以上の揚力を得ている[注釈 3]ヨットや帆船も揚力を利用したほうが優れる。

一般の航空機では必要な揚力は決まっているため、揚抗比の改善とは抗力すなわちロスを減らすことであり、動力低出力化や省燃費と同義である。

流れが音速未満の場合には、翼端の影響を減らす、すなわちスパン方向に極力長くすることが望ましい。旅客機もそうであるが特に人力飛行機の翼は細長い(アスペクト比が大きい)。これはロスを減らすためである。超音速では、造波抵抗を防ぐ三角翼などが適し、更に高速ではリフティングボディのような、翼を持たず胴体で揚力を発生する形状が研究されている。

航空機の翼

翼型

翼型とは翼の断面形状のこと。詳しくは「翼型」を参照。

基本的には、前端側が丸く後端側が尖ったいわゆる「涙滴形」やそれを湾曲させひずませた形状である。航空機の場合は翼内部ボリュームを大きくすることも要求され、翼型設計に影響する。

運用時の迎え角が一定でないことを前提に、前縁部近傍は剥離を防ぐために丸く、曲率を小さくする。翼下面の流れが後端部で翼から離れるために後端は曲率を大きく、尖らせる。

翼断面の図としてよく見られる形状とは、右図上のような形状である。上面側のほうが翼が膨らんでおり、下面側はやや平らになっている。

初期の飛行機は、右下図のような湾曲した形状が用いられた。このような形状では翼下面気流は前縁部を避けた後にさらに後端部をよけることになり、抗力は大きい。(1960年代以降広く採用されているスーパークリティカル翼は、低抗力と湾曲とを両立させている。)

超音速用途では前端も尖らせた形状が普通である。

翼と迎角

航空機の翼は巡行状態の条件で迎角をつけて機体に固定されている。揚力は速度依存であるから、低速で揚力不足する際は機体ごと傾けて迎角をかせぐ必要があり、また、離着陸時にはフラップで揚力を増やす。

プロペラ

一方、プロペラ機のプロペラにも同様のことが成り立つが、翼とは事情が異なる。可変ピッチ機構を持つプロペラの場合は、離着陸時や最高速度域ではピッチ、つまり回転方向に対する迎角を小さくし、一方でプロペラの回転数を上げる。ピッチ角を小さくし抗力を小さくして、プロペラの能率を最大限に高めるためである。一方で巡航時にはピッチ角を大きく取り、エンジンの回転数を下げる。プロペラそれ自体の効率を考えれば抗力が大きくなる分悪化するものの、エンジンの回転数を下げることにより燃費効率が上がる効果のほうがより大きいからである。

マルチローターでないヘリコプターにおいては、ローター(回転翼)の角度調整は極めて重要である。ヘリコプターが前進する時、回転するローターブレードの片方は機体と同じ方向に回転し大気との相対速度が大きく、もう片方は機体と逆方向に回転するため相対速度が小さい。よってローターブレードの左右で揚力の差が生じる。よって回転軸固定のシングルローターヘリコプターには左右のローターブレードが発生する揚力を等しくするため、迎角を調整する装置が必要不可欠となる。

翼周りの現象と揚力発生原理

揚力とは翼体の上側より下側が高圧となる圧力差である。揚力の原理について、とくに、非圧縮とされる日常的な速度を対象としては、古今様々な説明が試みられてきたが決定的なものがない。突き詰めていくと「空気(連続体)がそういう性質だから」といった、物性に基づいた仮定が下敷きになっており、「飛行機が飛ぶ原理はわかっていない」と揶揄される現状がある。

非粘性/ポテンシャル流(非圧縮)

ポテンシャル流ではよどみ点の位置を予測できない。翼後ろ側のよどみ点が翼後端に固定されるという条件(クッタ条件)を課すことで揚力を計算できる。クッタ条件は粘性の効果のひとつと考えられる。

粘性流/境界層

粘性あり、すなわち境界層を考慮する場合には、翼と触れている流体要素は表面に付着し翼に対し停まっている(ノンスリップ)ため、表面速度から揚力を導くことはできない。境界層の外の速度場から計算する必要がある。これは翼型に境界層厚さを加味するということでもある。

非圧縮流れ

流速が音速よりはるかに低速の流れは非圧縮とみなされる。非圧縮場では、空気が翼体の通過によって押されるとき押された空気はつぶれることができず代わりに周辺の流路が狭まって流速が増す。流体要素の速度増減は圧力減増と対応し流速の高い部分は圧力は低い。これはベルヌーイ定理と呼ばれる。現実の流体要素でいうと、流路の狭まりに対し要素の流路への進行方向前側が先に進入するため要素が前後に引き伸ばされて圧力が下がる。

物体が空気中を移動すると物体前方で余剰となった空気は物体の上下を回り込んで物体背面側へと移動する。揚力ゼロの物体の場合は上下で回り込む量が同程度であるのに対し、揚力の大きい物体では上側でのみ回り込む(クッタ条件)。このとき物体の上側で流路が狭まり流速が増し、圧力が下がる。

揚力とは翼体の上側より下側が高圧となる圧力差である。これは非圧縮流の場合には速度変化を伴い、この積算量は循環と呼ばれる。揚力が生じているとき周囲の空気にはどこかで必ず逆向きの運動(ダウンウォッシュ)が起きる。ダウンウォッシュの周囲には渦が発生しうる。これらはいずれも揚力が生じているときの周囲の現象であり、揚力の発生機構ではない。発生機構としては、なぜ流体が翼面に沿って動くのか、後方よどみ点はなぜ物体の後縁にトラップされるのか(クッタ条件)といった点を省略せずに説明する必要がある。

超音速(圧縮性流れ)

超音速機のほうが揚力の一般向けの説明は容易である。(流体力学の知識が無いとき、空気が翼体に押されたときに空気がつぶれることを想像するため。)

薄板状の物体を迎角をつけて、空気中を音速を上回る速度で移動させる。物体下面(前面)では空気が翼により押しのけられるときにつぶれて高圧となる。背面側では逆に翼面に引っ張られた空気が希薄となり低圧となる。これにより迎角に依存した上向きの力が生じる。

実用上は前縁が鋭利であることが望ましい。実際の翼は菱がたの断面形状などが用いられる。

簡易的な説明として「飛び石説」と呼ばれる揚力解釈がある。

簡易的な説明

翼周りの流れや揚力の説明について、一般向けの簡易的な説明も様々に発案されている。以下に代表的なものをまとめる。

説明(説明の流れは左から右) 妥当性
カルマン渦との対比 単純な円筒や球の周りの流れでもカルマン渦が生じるような状況では瞬時的に揚力が生じてる。

これは物体前後のよどみ点や剥離の位置や物体上下左右の流速に余剰自由度と循環依存があり、初期値依存やヒステリシスが生じることの表れである。

野球ボールの縫い目のような突起があるとよどみ点や剥離点がトラップされ、時間平均したときの正味揚力も現れうる。
主流に対する偏向板(ダウンウォッシュの反作用) 主流に対して流れの方向を変える偏向板として説明する。

物体形状に沿うように局所の流動方向が変わり、翼の周囲や背後で下向き流れが発生。

全体として流れの方向が下へ偏向される。

流れを下向きに変えた反作用として翼は上に向かう。

「翼に沿った動き」という説明は密度変化を想起させるため非圧縮流れの説明として十分ではない。

非圧縮流れで「翼に沿った流れ」という説明は、特に翼の下面では実現象と合わない。

地上を滑る物体の揚力 車両のように地面のすぐ上を移動する半円形状の物体などを仮定して説明する。

上面が高速かつ低圧となることや循環を説明しやすい。

物体下面を考えなくてよいため単純である。
飛び石説 水面をはねる飛び石(水切り)に見立てた説明。

「翼体下面に空気がぶつかることで高圧領域が形成される」といった解釈。

圧縮性(超音速)流れの現象に近い。したがって日常の諸現象とは合致しない。

実際に空気が水面や噴流のように翼体下面に持続的にぶつかることはおきない。仮にぶつかった場合にも、流体は縮まず流路が狭まり圧力はむしろ下がる。

超音速機の翼の原理として説明するのであれば妥当。

循環説 翼周りの循環(回転成分、翼上下の速度差と似義)という量で説明がつく。クッタ・ジュコーフスキーの定理を重視する立場。

翼の上下流の合流が翼後縁からずれる状態は不安定だから現れないし考えなくてよい、すなわちクッタ条件を満たすことが前提の解説。

クッタ・ジュコーフスキーの定理はマグヌス効果の解析的な解であり[2]、揚力が流速の2乗と流体の密度に比例する式[3]

なぜ翼の背面に沿うかという点については安定解だからといった程度の説明。

等時間通過説(同着説) の前縁で上下に別れた気流は、等時間で通過して後縁で同着する。よって、翼の下面より上面の膨らみのほうが大きければ、より距離の長い上面の方が流速が速いので、上面の方が静圧が低くなる。 上向きの面の圧力積算量に対し下向き面の積算量が高値であるとき、上向きの揚力となる。 同着は観測手段が乏しかった時代の解釈で、誤り[4][5]
上面と下面の流速の差により揚力が発生するというくだりは正しい[6]
流線曲率の定理に基づく説明 流線曲率の定理により、物体の上面と下面で流線が非対称に曲がっていると圧力差となる。

流線が得られている際の揚力説明の流儀のひとつである。

視覚的にわかり易いという点は優位。
アンダーソンの作用・反作用説[注釈 4] 翼上面の局所的に高速な空気は翼形に沿って流れる。このとき周囲の流体や壁面を引き込む。流体は下へ向かう。(噴流のコアンダ効果と同じという解釈)

翼背面の流れが後縁まで付着し続ける、クッタ条件の原因を説明している。

欠点が指摘された[7](どこ?)。

噴流以外にコアンダ効果を持ち出すべきでないという指摘[6]

境界層が付着し続けることについてコアンダ効果を持ち込む必要なしという指摘。


注釈

  1. ^ あるいは、ヴィークルの場合はヴィークル自身から見た方向基準とする場合もある。
  2. ^ つまり、揚抗比の絶対値が急激に小さくなるということ。
  3. ^ 勘違いしてはいけないが、翼はエネルギー発生装置ではない。翼は推力の数倍の揚力を発生するが、代償として飛行機は上昇時において上昇距離の数倍前進させる必要がある。てこにおいて、力点に加えた力の数倍の力を作用点で得るが、代償として作用点の運動距離の数倍の距離だけ力点を運動させる必要があるのと、類似の理屈である。
  4. ^ 1999年頃にフェルミ素粒子実験所の研究者であるアンダーソンにより発表された[6]ため、この名で呼ばれることが多い

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