必須脂肪酸 必須脂肪酸の概要

必須脂肪酸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/25 03:33 UTC 版)

ヒト及びその他の動物にとっては、多価不飽和脂肪酸のうち、ω-6脂肪酸リノール酸ω-3脂肪酸α-リノレン酸が必須脂肪酸であり必要量が定められる。広義にω-6脂肪酸とω-3脂肪酸が必須脂肪酸と呼ばれることがある。その変換された脂肪酸も、正常な機能に必要不可欠であるためである。そのため、DHAとEPAについては推奨量が議論されてきた。

ω-6脂肪酸
ω-3脂肪酸

発見

20世紀前半の半ばまで、食物中の脂肪は必須栄養素とまではみなされなかった[1]

物質が特定される以前、必須脂肪酸はビタミンのビタミンFだと仮定されていた。

1929年にはミネソタ大学の植物生理学者ジョージ・オズワルド・バー(George Oswald Burr)が、脂肪のない食事によってラットで欠乏症状が起こり、ω-6系の多価不飽和脂肪酸であるリノール酸によって欠乏症が回復するのを確認し、必須栄養素だと報告した[1]。1940年代までにリノール酸が必須脂肪酸だと示されていった[1]。1938年にはヒトでの研究が実施されたが、1968年の長期実験まで確実だとみなされず、1970年代にはヒトでもリノール酸が必須栄養素だと明らかになった[1]

また1931年にジョージ・オズワルド・バーは、ω-3系のαリノレン酸がラットで合成されなかったことを報告し、これも必須脂肪酸だと結論した[1]。しかし、欠乏症実験にてリノール酸と競合する結果が確認されるため、長い間αリノレン酸でも確実だとみなされなかった[1]。1953年には豚の脳からDHAが生成され、1960年にはαリノレン酸がDHAに変換される代謝経路が発見された[1]。DHAが神経伝達に重要だと提唱され網膜からも発見され、EPAの血小板凝集を阻害するプロスタグランジンE3への変換も報告されたが、1970年代初頭までω-3脂肪酸はあまり関心がもたれなかった[1]

1976年にCuthbertonが粉ミルクの必要成分としてリノール酸のみが必須だと主張したが、Crawfordは異議を唱え、1978年には世界保健機関(WHO)と国際連合食糧農業機関(FAO)が、脂肪に関する専門部会でαリノレン酸の必須性を確定した[2]。1982年に、ラルフ・ホルマンが、αリノレン酸の摂取が増加すると、血中のDHAが増加することを確認しヒトでαリノレン酸が必須だと裏付けた[1]

1978年に、DHAとEPAが豊富な海洋性脂質の摂取の多いグリーンランドのエスキモーに心筋梗塞の発生率が低いと報告され、脂質研究の最前線ではω-3脂肪酸が重要な話題となった[1]。そこで当初は血栓の形成を阻害することからEPAに注目されたが、関心は神経系に重要なDHAへと移行していき、1990年代末にはω-3脂肪酸が不可欠であると明らかになっていった[1]。さらにDHAは神経系への関与、人間の乳児の視力や認知機能に影響を与えると裏付けられその必要性の理由が提供されていった[1]

1994年の世界保健機関による、「人間栄養学における脂肪と油」(Fats and oils in human nutrition)では必須脂肪酸の重要性が示され、適正な比率に言及するものの必要量までは踏み込んでいない[3]

生化学

必須脂肪酸の代謝経路とエイコサノイドの形成

ヒトを含めた後生動物では、必須脂肪酸に限らず体内では脂肪酸は炭素鎖の不飽和化と長鎖化が進む生合成経路が存在している。

  1. 短鎖の飽和脂肪酸からステアリン酸、オレイン酸へと合成が進む経路。
  2. ω-6脂肪酸のリノール酸からγ-リノレン酸、アラキドン酸へ合成が進む経路。
  3. ω-3脂肪酸のα-リノレン酸からEPA、DHAへと合成が進む経路。

しかしながら、ω-6脂肪酸のリノール酸とω-3脂肪酸のα-リノレン酸は合成できない。リノール酸とα-リノレン酸のみが厳密な意味で必須脂肪酸である。

ω-9脂肪酸系統の不飽和脂肪酸は18:0のステアリン酸から18:1のオレイン酸に変換することができて体内で合成できるので必須脂肪酸ではない。

後生動物ではΔ12-脂肪酸デサチュラーゼの経路が欠失したものと推測される[4]

植物及び微生物中では、ω6位に二重結合を作るΔ12-脂肪酸デサチュラーゼ によりオレイン酸の二重結合を一個増やしてリノール酸を生成することができる。さらに植物及び微生物中では、ω3位に二重結合を作るΔ15-脂肪酸デサチュラーゼ によりリノール酸の二重結合を一個増やしてα-リノレン酸を生成することができる[5]。ヒトを含む動物は、ステアリン酸からオレイン酸を生成するΔ9-脂肪酸デサチュラーゼを有してはいるものの、Δ12-脂肪酸デサチュラーゼもΔ15-脂肪酸デサチュラーゼもどちらも有していないので、リノール酸もα-リノレン酸もどちらも自ら合成することができない。


  1. ^ a b c d e f g h i j k l Knauf PA, Proverbio F, Hoffman JF (1974). “Chemical characterization and pronase susceptibility of the Na:K pump-associated phosphoprotein of human red blood cells”. J. Gen. Physiol. 63 (3): 305–23. doi:10.1194/jlr.R055095. PMC 2203555. PMID 4274059. http://www.jlr.org/content/56/1/11.full. 
  2. ^ a b c d e f g Stark AH, Crawford MA, Reifen R (2008). “Update on alpha-linolenic acid”. Nutr. Rev. 66 (6): 326–32. doi:10.1111/j.1753-4887.2008.00040.x. PMID 18522621. 
  3. ^ World Health Organization, Food and Agriculture Organization of the United Nations, "Fats and oils in human nutrition", 1994.
  4. ^ 木村修一、「脂肪酸の不飽和化と鎖長延長」『油化学』 1971年 20巻 10号 p.670-677, doi:10.5650/jos1956.20.670, NAID 130001020785, 日本油化学会
  5. ^ a b I章 最新の脂質栄養を理解するための基礎 ― ω(オメガ)バランスとは?脂質栄養学の新方向とトピックス
  6. ^ その他にはLabelling reference intake values for n-3 and n-6 polyunsaturated fatty acids, EFSAにも欧州各国団体の推奨値が記載されている。
  7. ^ 日本人の食事摂取基準(2015 年版)の概要
  8. ^ DIETARY REFERENCE INTAKESFOREnergy, Carbohydrate, Fiber, Fat, Fatty Acids, Cholesterol, Protein, and Amino Acids
  9. ^ ISSFAL (英語) (ISSFAL: International Society for the Study of Fatty Acids and Lipids)
  10. ^ Cunnane S, Drevon CA, Harris W, et al. "Recommendations for intakes of polyunsaturated fatty acids in healthy adults" ISSFAL Newsletter 11(2), 2004, pp12-25
  11. ^ 『第六次改定 日本人の栄養所要量―食事摂取基準』健康・栄養情報研究会編、第一出版、1999年。ISBN 9784804108940。53-54頁。
  12. ^ 板倉弘重、石川俊次、近藤和雄、菅野道広、池田郁男『脂質研究の最新情報』第一出版、2000年、12-13頁。ISBN 4-8041-0923-4 
  13. ^ Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases, 2003
  14. ^ 代表研究者香川靖雄 ベジタリアンの脂肪酸不飽和化酵素遺伝子多型による脂質栄養の解析(科学研究費助成データベース)
  15. ^ a b Cordain L, Eaton SB, Sebastian A, et al. (2005). “Origins and evolution of the Western diet: health implications for the 21st century”. Am. J. Clin. Nutr. 81 (2): 341–54. PMID 15699220. http://ajcn.nutrition.org/content/81/2/341.long. 
  16. ^ 奥山治美「食物が脳の働きに影響を与えるか?:必須脂肪酸の驚くべき役割」『蛋白質核酸酵素』第35巻第3号、東京 : 共立出版、1990年3月、275-279頁、CRID 1523669555058289408ISSN 00399450国立国会図書館書誌ID:3658388 
  17. ^ 前田隆子, 高山美佐子, 三瓶まり, 笠置綱清, 田中俊行, 岩井伸夫, 能勢隆之, KasagiTsunakiyo「妊産婦の血清中脂肪酸と母乳中脂肪酸組成に関する研究 : とくに、エイコサペンタエン酸に関する検討」『鳥取大学医療技術短期大学部紀要』第25巻、鳥取大学医療技術短期大学部、1996年7月、15-24頁、CRID 1050015354551432704ISSN 09168761 
  18. ^ USDA National Nutrient Database
  19. ^ Chapman, David J.; De-Felice, John and Barber, James (May 1983). “Growth Temperature Effects on Thylakoid Membrane Lipid and Protein Content of Pea Chloroplasts 1”. Plant Physiol 72(1): 225–228. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=1066200 2007年1月15日閲覧。. 


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