和声 和音の機能と進行

和声

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/06 06:10 UTC 版)

和音の機能と進行

世界のほとんどの和声の教科書[注釈 7]では、「ローマ数字による和声分析」と「パリ音楽院方式和声教程」と「機能和声理論」の三つを折衷させて和声を説明することがよく行われている。

和音の機能

譜例:和音記号(和音の下) 和音の上はコードネーム(参考[注釈 8])である。

音階主音を根音とする三和音(主和音、和音記号で I)の機能をトニカ(またはトニック)、 主音の5度上の属音を根音とする三和音(属和音、V)の機能をドミナント、主音の5度下(4度上)の下属音を根音とする三和音(下属和音、IV) の機能をサブドミナントという[7]

トニカ(トニック)

: tonic, : tonica f, : Tonika f, : tonique f

和声の中心となる機能である。この和音が鳴らされるとき、「落ち着き」「解放」「解決」「弛緩」といった印象を与える。楽曲の最後はトニカで終わる。 I のほか、 VI も I の代理の時、トニカの機能を持つ(ドミナントから VI に終止する終止形は偽終止という)。 III もトニカの機能を持つことがある。

代理和音とは、ある和音の代わりに使われる和音で、似た響きを持ち、ほぼ同じ機能を持つ和音のことである。代理和音は、元の和音の3度上、または3度下の和音がよく使われる。なぜなら、3度関係にある和音は三和音の構成音3音の内2音が同じだからである(3度関係にある2和音の、下の和音の第3音は上の和音の根音に、第5音は第3音に一致するのである)[8]
譜例:各機能の和音と代理和音
ドミナント

: dominant, : dominante f, : Dominante f, : dominante f

トニックの5度上の和音であり、トニックとは対照的に、「緊張」した印象を与える。トニックに移行しようとする力が強い(トニックに移行するように緊張が解ける方向で移行することを解決と呼ぶ)。 V に第7音を加えて V7の和音で現れることが多く、 V9の和音もよく用いられる。また、 III や VII も V の代理の時、ドミナントの機能を持つ。

サブドミナント

: subdominant, : sottodominante f, : Subdominante f, : sous-dominante f

トニックの5度下、すなわち4度上の和音である。ドミナントほど強くないが、トニックに比べれば「緊張」した印象を与える。「発展」「外向的」な印象が強い。ドミナントに移行するか、トニックに解決する。 II や II7は、 IV とともに非常によく使われるサブドミナントである(ただし、 II はトニカには移行しない)。また、 VI が IV の代理和音としてサブドミナントの機能を持つことがある。トニックの5度下であるので、ドミナントとは逆方向の和音であると考えられる。いいかえると、サブドミナントのドミナントはトニックであるという考えが成り立つ。また、教会音楽などではいったんトニカに解決した後、再び IV に移行し I に戻るという技法が良く使われる(変終止、アーメン終止などと呼ばれる)。また、ドミナントに行かず、トニックに行くような和音をサブドミナントと分け、プラガルと呼ぶ場合もある。

各機能の関係
ドッペルドミナント

: Doppel + : dominant(日本ではこの読み方がある); : double dominant, : doppiodominante f, : Doppeldominante f, : double-dominante f

ドッペル(: Doppel)とはドイツ語で“二重”を意味し(: doubleと同語源)、ドミナントのドミナントである。 V の V であって、音階の ii 度音を根音とする長三和音、または属七、属九の和音であり、 II の第三音(ハ長調ならファの音)を半音あげたものである[9]。このことから、ドミナントに移行する II の和音をドミナントへのドミナントと考えることもできる。同様に、ドミナントに移行する IV を II の代理和音とする理論書もある。一般にはドッペルドミナントの機能とサブドミナントとは同一視される。 このように、サブドミナントのドミナントはトニックであり、ドミナントのドミナントがサブドミナントであるので、トニック、ドミナント、サブドミナントは正三角形を成すことになる。

カデンツ

: cadence, : cadenza f, : Kadenz f, : cadence f

機能和声においては、Tに戻ることで一段落となる。言い換えると、和音の移り変わりは、Tから他の機能に移行して、またTに戻るまでがひとまとまりである。このひとまとまりをカデンツという。

機能和声においてDは、Tへ移行する力が強いので、Sには移行しないのが原則である。TとSはいずれの機能にも移行する。このことを考えると、カデンツは、

  • T→D→T
  • T→S→D→T
  • T→S→T

の3種のいずれかとなる[10]

注)パウル・ヒンデミットの「和声学I&II」と林達也の「新しい和声」では、ドミナントからサブドミナントへ進む例外にも言及がある。DからSへの進行を考慮に入れるならば、上記に

  • T→D→S→Tのカデンツが加わることとなる。実際の音楽においては、他のカデンツに比べて少ない。

進行

「進行」とは、ある和音からある和音に移行することである。

古典的な和声学において、和音記号ごとに可能な進行を考えると、次のようになる。

  1. I は、すべての三和音とII7、V7、V9に進行することができる。
  2. II は、V (7.9) にのみ進行することができる。
  3. TのIIIは、IかVI→III→IVという進行の中でのみ使われる。DのIIIは、TのIかVIに進行する。
  4. IVは、I、II (7) 、V (7.9) に進行する。
  5. V (7) は、TのIかVIに進行する。
  6. TのVIは、Iを除くすべての三和音とII7、V7、V9に進行することができる。
  7. VIIは、IIIに進行する。

(以上の規則はあくまで原則であり、絶対的なものではない。転調進行を初めとした様々な例外規則が存在するうえ、実曲中では無視されることもある)

V7以外の7の和音は、その和音の第7音を前の和音から保留して導くことができ、その第7音を次の和音で保留または2度下降させることができるならば、三和音の代わりに使うことができる場合が多い。

反復進行

同じ進行パターンを反復しながら同方向、同間隔で移高するものを「反復進行」と呼ぶ。ドイツ語「ゼクヴェンツ」(Sequenz)に由来して「ゼクエンツ」とも呼ばれる。

例として、

  • (I→IV)↑(II→V)↑(III→VI) (正進行2度上行型)
  • (VI→II)↓(V→I) (正進行2度下行型)
  • (V→IV)↓(IV→V)↓(III→IV) (準正進行2度下行型)
  • (I→V)↓(VI→III)↓(IV→I) (変進行3度下行型)(パッヘルベルのカノンなどに見られる。)

などがある[11]

借用和音

上述のドッペルドミナントと同様に、V以外の和音に関しても、その和音を主和音とする調の属和音群を用いることが出来る。例えば、ハ長調において、VIのV7であるミ - ソ# - シ - レや、ⅡのV9の根音を省略した形(またはVII7)のド# - ミ - ソ - シ♭等である[12]

また、長調において、同主短調の和音を用いることもある。ハ長調において、ハ短調のVIであるラ♭ - ド - ミ♭や、ハ短調のV9であるソ - シ - レ - ファ - ラ♭等である[13]

このように、他の調の和音を用いることを借用和音と呼ぶ[13]

声部

古典的な和声学では、和音の進行にあたって各音を構成するパートの動きが重要であると考える。このため、和声学の実習においては、混声四部合唱の編成、すなわち、ソプラノアルトテノールバスの4声部を使用する。これを四声体という[14][注釈 9]。これらの4声部の動きと、それら相互の関係がスムーズであることが求められる。

  1. ある2つのパートの動きが、同方向であるとき、並行という。逆方向であるとき、反行という[15]。(定義)
  2. 各パートは、それぞれの声域の中で動く。すなわち、ソプラノは中央ハから、アルトはその下のから、テノールは中央ハオクターブ下から、それぞれ2オクターブ弱(1オクターブと長6度)の音域で動き、バスは、中央ハのすぐ上のホから2オクターブ下のホまでの音域で動くように書かれる。(和声学における一般的な規則)
  3. 各パートは、離れすぎない。隣り合う各パートの音程はオクターブまでである。ただし、テノールとバスは1オクターブと完全5度までである[16]。また、上のパートが下のパートより下がることは、避けられる。(和声学における一般的な規則。実曲中では例外あり)

限定進行

各パートの動きの中で、この音はこの音に進行しなければならないとするものが古典的な和声学にはある[17]。主なものは次の通りである。なお、あくまで原則であり、例外規則や補則も存在し、実曲中では無視されることもある。

  1. V (7) の第3音は、Tに進行するとき、2度上行しなければならない[17]
  2. V7の場合、第7音は2度下行しなければならない[17]
  3. 7の和音、9の和音の第7音や9の和音の第9音は、次の和音に進行するとき、2度下行する(解決という)か、同じ音に留め置かれる[18]
  4. V7を除く7の和音の第7音、前の和音の同じ音から留め置かれる。これを予備という。したがって、そのような音を持たない和音から7の和音、9の和音に進行できない[19]

禁則

古典的な和声学で、避けるべき、また禁止とされる動きは数多くあるが、重要なものは次の2つである。

連続(平行)1 (8) 度
ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて完全1度または完全8度になることを連続(平行)1 (8) 度といい、禁止される[20](このような進行は実際の音楽ではよく見かけるので不思議に思われるが、和声的に「異なる2つのパート」であるとき禁止されるのであって、和声的にひとつのパートと考えられるときには問題とならない)。したがって、限定進行をする音は、基本的には同時に2パートで鳴らすことはできない(限定進行をすると連続1 (8) 度になるため)。
連続(平行)5度
ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて5度になっていて、しかも平行して完全5度に到達することを、連続(平行)5度といい、禁止される(実曲中ではモーツァルト5度を含む一部例外あり)。反行である場合、また、後続音程が完全5度以外の5度である場合には、平行5度と呼ばず、問題とならない[21]

注釈

  1. ^ 第二次世界大戦前には「かせい」とも読んだ。また古い文献には旧字体表記の和聲が多い。
  2. ^ 彼の著書純正作曲の技法第1巻で発表された。
  3. ^ 和声 理論と実習第2巻32ページではI, IV, Vに加えてT, S, Dも同時に使われている。
  4. ^ Versuch einer geordneten Theorie der Tonsetzkunstの最終稿の日時を参考にしている。
  5. ^ フランス和声では「和声法」、ドイツ和声では「和声学」であり日本では訳語が異なる。明治開国後、日本が典拠としたのは当初ローマ数字による和声分析または機能和声理論であったが、池内友次郎宅孝二が帰国してからは「自然の諸原理に還元された和声論」を典拠とするパリ音楽院方式が優勢になり現在に至る。
  6. ^ Alberto E. Colla: Trattato Di Armonia Moderna E Contemporanea - Volume I&IIでは章ごとに一人の作曲家があてがわれている
  7. ^ 日本の芸大和声ではヴェーバー、ルベル、マーラーの教本が程よく混ぜ合わされており、英語圏の教科書ではコードネームがよく併記されている。
  8. ^ コードネームは転回形を記述できないため、ヨーロッパの和声理論では元からないが、近年の和声の教科書ではコードネームと対照させて古典や近代の和音を解析することは幅広く行われるようになってきている。
  9. ^ 一つの声部はクライマックスや曲尾ではしばしば分割されると芸大和声では触れられているが、これはアンドレ・ジェダルジュのフーガの教程で用いられてからの風習であり、アンリ・ルベルの和声教程にそのような記述はない。ただし、フェティスの対位法やルベルの和声法の教程には5声部以上の扱いに関する項目があり、これらが削除される過程でクライマックスにおける声部分割が容認されることになった。
  10. ^ クロード・ドビュッシー「ラモーをたたえて」の主部を参照のこと。
  11. ^ ラモーの「自然の諸原理に還元された和声論」やキルンベルガーの「純正作曲の技法」の和声に関する部分は日本語訳がなされたが、フーゴー・リーマンの「Vereinfachte Harmonielehre oder die Lehre von den tonalen Funktionen der Akkorde」はいまだに日本語訳がなされていない。
  12. ^ 松平頼則が全音楽譜出版社に寄せた数々の楽曲分析(ドビュッシーの前奏曲集他)、また中田喜直の著書で確認できる。

出典

  1. ^ Hugo Riemann - Vereinfachte Harmonielehre oder die Lehre von den tonalen Funktionen der Akkorde, Augener's edition 9197, p.12, 1893
  2. ^ フランスの音楽学者ダニエル・ジュランスぺルジュ英語版が1830年にその著書 "L'harmonie au commencement du dix-neuvième siècle et méthode pour l'etudier à Paris" において、「近代の音楽は三要素:リズム、ハーモニー、メロディーで成り立っている。」としている。
  3. ^ 音楽の三要素からの生成モデルアプローチによる音楽生成手法の提案”. ci.nii.ac.jp. CiNii. 2021年6月19日閲覧。
  4. ^ Analysemethoden”. musikanalyse.net. musikanalyse.net. 2021年6月17日閲覧。
  5. ^ Diether de la Motte - Harmonielehre, p.27-31
  6. ^ Charles KoechlinのTraité de l'harmonie全三巻
  7. ^ ルードルフ・ルイ、 ルートヴィヒ・トゥイレ『和声学』山根銀二、渡鏡子共訳、音楽之友社、1954年、19~20頁。ASIN B000JB6XM4
  8. ^ ルードルフ・ルイ、 ルートヴィヒ・トゥイレ『和声学』山根銀二、渡鏡子共訳、音楽之友社、1954年、90~115頁。
  9. ^ 島岡 1965, pp. 32.
  10. ^ 島岡 1964, pp. 37.
  11. ^ 島岡 1967, pp. 231–232.
  12. ^ 島岡 1967, pp. 44–45.
  13. ^ a b 島岡 1965, pp. 20.
  14. ^ 島岡 1964, pp. 17.
  15. ^ 島岡 1964, pp. 26.
  16. ^ 島岡 1964, pp. 18.
  17. ^ a b c 島岡 1964, pp. 71.
  18. ^ 島岡 1964, pp. 114.
  19. ^ 島岡 1964, pp. 116.
  20. ^ 島岡 1964, pp. 27.
  21. ^ 島岡 1964, pp. 28.
  22. ^ PRECIS D'HARMONIE TONALE”. images-na.ssl-images-amazon.com. images-na.ssl-images-amazon.com. 2021年6月17日閲覧。
  23. ^ L'écriture tonale”. www.laflutedepan.com. www.laflutedepan.com. 2021年7月2日閲覧。
  24. ^ Harmony. Theoretical Course. Moscow: Muzyka, 1988; 2nd ed. revised, Saint Petersburg: Lan', 2003. Orig. title: Гармония. Теоретический курс
  25. ^ Beitrag zur durmolltonalen Harmonielehre Band 1 Lehrbuch 18.Auflage 2022”. www.notenpunkt.de. www.notenpunkt.de. 2023年4月3日閲覧。
  26. ^ Reinhard Amon: Lehr- und Handbuch zur Funktionstheorie und Funktionsanalyse”. www.universaledition.com. universal edition. 2021年6月16日閲覧。
  27. ^ Harmonielehre”. de.schott-music.com. de.schott-music.com. 2021年7月2日閲覧。
  28. ^ 和声を理解する バス音からの分析”. artespublishing.com. artespublishing.com. 2023年4月3日閲覧。
  29. ^ The Complete Musician”. global.oup.com. OUP. 2021年6月17日閲覧。
  30. ^ Sky Macklay — Many, Many Cadences”. www.youtube.com. Youtube. 2021年6月19日閲覧。


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