吉田茂 脚注

吉田茂

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脚注

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参考文献

  • 吉田茂 『回想十年 (全4巻)』 新潮社→東京白川書院。中公文庫(全4巻、新版全3巻)
  • 吉田茂 『大磯随想』中公文庫、1991年、改版2001年
    • 『世界と日本』中公文庫、1992年
      • 新版『大磯随想・世界と日本』中公文庫、2015年
    • 『日本を決定した百年』中公文庫、1999年(解説粕谷一希
  • ダグラス・マッカーサー『マッカーサー大戦回顧録』津島一夫訳
  • 西村熊雄 『サンフランシスコ平和条約・日米安保条約』
  • 池田勇人 『財政均衡、付・占領下三年の思い出』
  • 岡崎勝男 『戦後二十年の遍歴』
  • 今日出海 『吉田茂』 講談社、1967年 - 以上は中公文庫でも再刊。
  • 吉田健一 『父のこと』 中公文庫、2017年(オリジナル版)。第2部は対談「大磯清談」
  • 衆議院憲政記念館編 『特別展吉田茂とその時代 ― サンフランシスコ講和条約発効50年』 2002年
  • 吉田茂記念財団編 『清水崑画 吉田茂諷刺漫画集』 原書房、1989年→中央公論新社、2005年
  • 原彬久 『吉田茂-尊皇の政治家-』 岩波新書2005年
  • 麻生和子 『父 吉田茂』 光文社〈知恵の森文庫〉、2007年新潮文庫、2012年
  • 麻生太郎 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 徳間文庫2007年
  • 白洲次郎 『プリンシプルのない日本』 ワイアンドエフ→新潮文庫、2006年
  • 戸川猪佐武小説吉田学校』〈人物文庫全8巻〉学陽書房(新版)
  • ジョン・ダワー 『吉田茂とその時代 (上)』 大窪愿二 訳、TBSブリタニカ、1981年→中公文庫(改版)
  • ジョン・ダワー 『吉田茂とその時代 (下)』 大窪愿二 訳、TBSブリタニカ、1981年→中公文庫(改版)
  • 有岡二郎 『100人の20世紀 (下) (57) 吉田茂』〈朝日文庫〉、2001年
  • “緊急特集吉田茂の生涯”. アサヒグラフ 臨時増刊 11月5日号. (1967年). 
  • 佐藤寛子 『佐藤寛子の宰相夫人秘録』 朝日新聞社1974年
    • 佐藤寛子 『佐藤寛子の宰相夫人秘録』 朝日新聞社〈朝日文庫〉、1985年ISBN 4-02-260319-4
  • 鈴木幸夫 『閨閥 結婚で固められる日本の支配者集団』 光文社、1965年 54-62頁
  • 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』 角川書店 1983年 200-203頁
  • 広瀬隆 『私物国家 日本の黒幕の系図』 光文社、2000年 75、173、262、263、333頁
  • 神一行 『閨閥 特権階級の盛衰の系譜』 角川文庫 2002年 30-44頁
  • 実録首相列伝―国を担った男達の本懐と蹉跌』 学研〈歴史群像シリーズ(70号)〉、2003年6月、98-103頁。ISBN 978-4056031515

関連文献




注釈

  1. ^ ただし、ジョン・ダワーは「吉田は一八七八(明治一一)年九月二二日横須賀に生れたといわれる。」と著書に記している[1]
  2. ^ 事務方の次官が「事務次官」と称されるのは1949年の改正国家行政組織法施行以降のことで、当時は単に「(外務)次官」と称していた。
  3. ^ ただし、大村立三は著書の中で、戦前において対英米関係とアジア進出の両立を唱える外交官をその政策から前者重視を「英米派」、後者重視を「アジア派」と呼んで区別し、前者として幣原喜重郎・重光葵・佐藤尚武・芦田均を挙げ、後者として吉田と有田八郎谷正之を挙げている。また、奉天総領事・外務次官として東方会議をはじめとする「田中外交」を支えた吉田は、幣原や重光と比較した場合にはアジア進出に対してより積極的であったとする見解をとっている。[7]
  4. ^ 牧野伸顕の義妹の嫁ぎ先宮崎県の旧高鍋藩主家秋月家の縁で高鍋出身の海軍大将小沢治三郎を頼るようアドバイスを受け、そのツテで軍令部次長の小沢に「イギリスを通して講和を進めるために荷物扱いでもいいから潜水艦航空機で自分を運んで欲しい」と懇願したが、小沢は十中八九沈められる旨と憲兵隊に目を付けられている点を指摘し丁重に断った。憲兵隊に拘束されたのはその翌日だったと、吉田は自著に記している。[9]
  5. ^ 吉田の国葬は佐藤栄作総理の強い要望で閣議決定を経て実現したが、1926年に制定された「国葬令」は新憲法の施行によって失効していたため(20条の「国による宗教的行為の禁止」と7条の「天皇の国事行為」に抵触するため)、国葬自体が違憲ということになり、野党や革新系の言論界からこれを批判する声もあった。しかし戦後の大宰相の記憶は多くの人々にとっては褪せることがなく、世論調査でも大多数がこれを容認するものだった。
  6. ^ 特にフジテレビでは、追悼番組を放送するために、スポットCMを全て削除し、全ての通常番組を変更した。
  7. ^ 松平は元会津藩主京都守護職松平容保の四男で、長女の節子秩父宮の妃になっていた。
  8. ^ 鳩山はこの「追放が解除されたら……」を含めて4条件であったと主張していた[47][2]
  9. ^ これが最後の「組閣の大命」である。
  10. ^ 通常洗礼は本人が望まなければできないが、遺書や遺言などで生前明確な意思表示をしていることを司祭が確認できれば、例外的に死後洗礼を行うことができる(東京大司教館)。
  11. ^ 戸籍上の名は“コト”である。
  12. ^ 吉田寛は将来が嘱望された若手外交官だったが、桜子と結婚して数年後に死去してしまう。その葬儀に来た親戚の佐藤榮作と吉田茂は初めて会うが[60]、その時の佐藤の風貌が亡き女婿と瓜二つだったので、以後吉田は佐藤を我が子のように可愛がるようになったという。
  13. ^ 和子と太賀吉を結びつけたのは側近の白洲次郎であり、ふたりの仲人もつとめている。

出典

  1. ^ a b c d ジョン・ダワー 1981a, p. 6.
  2. ^ a b c d e f g h i 実録首相列伝 2003, p. 98.
  3. ^ a b ジョン・ダワー 1981a, p. 5.
  4. ^ ジョン・ダワー 1981a, p. 9.
  5. ^ ジョン・ダワー 1981a, p. 11.
  6. ^ 有岡二郎 2001, p. 73-74.
  7. ^ 大村立三『日本の外交家 300人の人脈』
  8. ^ a b 有岡二郎 2001, p. 75.
  9. ^ 回想十年.
  10. ^ 実録首相列伝 2003, p. 99.
  11. ^ 実録首相列伝 2003, p. 99-100.
  12. ^ 実録首相列伝 2003, p. 100.
  13. ^ 春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』
  14. ^ 実録首相列伝 2003, p. 103.
  15. ^ 史料にみる日本の近代: 乱闘国会と衆院事務総長の嘆き 国会図書館
  16. ^ 実録首相列伝 2003, p. 190.
  17. ^ アサヒグラフ 1967, p. 89.
  18. ^ 『別冊歴史読本特別増刊 — ご臨終』(新人物往来社、1996年2月号)
  19. ^ 『産経新聞』2008年10月20日付朝刊、14版、3面
  20. ^ 大磯旧吉田茂邸内社七賢堂について照沼好文 (1984年). 神道研究紀要 (9). 
  21. ^ 労働関係調整法 - e-Gov法令検索
  22. ^ a b 日本国憲法
  23. ^ 教育基本法 - e-Gov法令検索
  24. ^ 学校教育法 - e-Gov法令検索
  25. ^ 労働基準法 - e-Gov法令検索
  26. ^ 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 - e-Gov法令検索
  27. ^ 刑事訴訟法 - e-Gov法令検索
  28. ^ 労働組合法 - e-Gov法令検索
  29. ^ 公職選挙法 - e-Gov法令検索
  30. ^ 生活保護法 - e-Gov法令検索
  31. ^ 住宅金融公庫法 - 衆議院
  32. ^ 地方公務員法 - e-Gov法令検索
  33. ^ 毒物及び劇物取締法 - e-Gov法令検索
  34. ^ 結核予防法(廃) - 法庫 houko.com
  35. ^ 覚せい剤取締法 - e-Gov法令検索
  36. ^ 破壊活動防止法 - e-Gov法令検索
  37. ^ 麻薬及び向精神薬取締法 - e-Gov法令検索
  38. ^ 厚生年金保険法 - e-Gov法令検索
  39. ^ 警察法 - e-Gov法令検索
  40. ^ 防衛省設置法 - e-Gov法令検索
  41. ^ アサヒグラフ 1967, p. 73.
  42. ^ 原彬久 2005.
  43. ^ 佐藤寛子 1985, p. 133-134.
  44. ^ 大磯城山公園「旧吉田茂邸地区」が全面開放しました神奈川県庁ホームページ(2017年6月6日)
  45. ^ 河野外務大臣とクリスチャン・ミクロネシア連邦大統領との懇談及び夕食会外務省報道発表(2017年10月23日)
  46. ^ 吉田茂の愛車メルセデスベンツを特別展示 11月9日まで”. Response.. 2016年4月8日閲覧。
  47. ^ 実録首相列伝 2003, p. 109.
  48. ^ 麻生太郎 2007, p. 73.
  49. ^ 春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』
  50. ^ 麻生太郎 2007, p. 73-74.
  51. ^ 戸川猪佐武『小説吉田茂』「あとがき」
  52. ^ 佐藤寛子 1985, p. 140-141.
  53. ^ アサヒグラフ 1967, p. 81.
  54. ^ 猪木正道『評伝吉田茂』
  55. ^ Nomination Database - ノーベル賞公式サイト
  56. ^ “吉田元首相をノーベル平和賞に 推薦状発見、65年に佐藤氏ら”. 47NEWS. (2014年9月13日). http://www.47news.jp/CN/201409/CN2014091301001177.html 2014年9月13日閲覧。 
  57. ^ “吉田茂氏、ノーベル賞候補に3度…最終候補にも”. 読売新聞. (2017年8月16日). http://www.yomiuri.co.jp/world/20170816-OYT1T50112.html 2017年8月17日閲覧。 
  58. ^ 吉武信彦「ノーベル賞の国際政治学―ノーベル平和賞と日本:1960年代前半の日本人候補― (PDF) 」『地域政策研究』第17巻2号、高崎経済大学、pp.1 - 23
  59. ^ 吉武信彦「ノーベル賞の国際政治学――ノーベル平和賞と日本:吉田茂元首相の推薦をめぐる1966年の秘密工作―― (PDF) 」高崎経済大学地域政策学会、2016年
  60. ^ a b 佐藤寛子 1985, p. 134-135.





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