全宇 全宇の概要

全宇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/08 14:10 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

経歴

1914年、咸鏡北道穏城に生まれる[1]東北抗日連軍で活動[1]。1937年、東方勤労者共産大学に留学。1940年、抗日軍政大学東北幹部訓練組に入学[2]八路軍で活動[1]。1944年10月、朝鮮革命軍政学校第3区隊責任者[3]

1945年11月、朝鮮義勇軍第5支隊政治部主任、参謀長を歴任。1946年1月に第5支隊は延辺警備第1団と合併して吉東保安軍第15団に改編され、全宇は第15団政治委員に任命。1947年2月、延辺軍分区副司令員。同年10月、吉東軍分区副司令員。1948年1月に独立第6師が編成されると、独立第6師副師長。同年11月に独立第6師は第156師に改称される。

1950年3月、第4野戦軍から朝鮮人部隊を集めて中南軍区独立第15師が編成され、師長に任命される。全宇は第15師を率いて北朝鮮に入国した。同年4月、第15師は第7師団に改編され、全宇が引き続き師団長となった[† 1]朝鮮戦争直前に第12師団に改称。

1950年6月、朝鮮戦争が勃発すると第12師団は独立戦車連隊の支援を受けて洪川に侵攻するが攻略が計画通りに進まず、全宇は更迭されて後任に崔春国少将が就任した。後に後方司令部参謀長、第5軍団長、総参謀部作戦局長、総参謀部次長、副総参謀長兼偵察局長を歴任し、上将に昇進した。1959年4月30日、行方不明となった[1]

参考


[ヘルプ]
  1. ^ 文献によっては崔仁としている場合もある。


「全宇」の続きの解説一覧


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「全宇」の関連用語

全宇のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



全宇のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの全宇 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS