全地形対応車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/14 11:45 UTC 版)
米国規格協会(ANSI)の定義によると、全幅50インチ以下、重量600ポンド以下で、低圧タイヤを装着し、跨座式シートと棒形ハンドルで操縦される車両とされている[1]。
特に四輪のモデルが多く、日本ではバギー、四輪バギー、日本国外ではクアッド、クアッドバイクとも称されている。
横二人乗り・四人乗りでステアリングホイールとアクセル/ブレーキペダルを備えているものの場合はサイド・バイ・サイド・ビークル(S×S)に分類される。
概要
三輪以上のタイヤを備え、乗車定員が1名ないし前後座席で2名の乗り物である。 オートバイの技術を流用した車体構成となっていて、ハンドルやシートをはじめとする乗車装置がオートバイと同様の構造であることから、乗車姿勢もオートバイに類似している。競技の世界でも二輪統括団体のFIM(国際モーターサイクリズム連盟)で扱われており、タイヤは3つ以上あるが「二輪」の一種である。
ただし前二輪でハンドルが重いため、二輪のオートバイとは異なり、アクセルは親指で押すレバー式が基本となる[2]。大型の車種ではパワーステアリングが装着されることもある[3]。変速操作にはペダル式やハンドレバー式があり、トランスミッションはスクーター同様無段変速機(CVT)が多い[2]。
ATVは大きく分けてスポーツ型とユーティリティ型に分けられる。元々はスポーツ型が基本だったが、サイド・バイ・サイド・ビークルの登場で需要が逆転した現在は、ほとんどがユーティリティ型である。
スポーツ型は、主にモトクロスやラリーレイドなどの競技に用いられる車種として発展したものである。軽快なハンドリングと小回りの利く二輪駆動(後輪駆動)が好まれる。タイヤの接地面積が大きい上にサスペンションストローク量が少ないため身体に衝撃を受けやすく、またブロックタイヤの振動も受けてしかも重いフロント二輪を操縦し続ける必要があり、長時間競技で戦うには常人離れした屈強な握力・腕力・背筋力が求められる[4]。レジャー用として嗜む排気量50ccのエンジンを搭載したライトユーザー向けのスポーツ型もあり、台湾や中国で生産されている。
ユーティリティ型は農林業での移動・荷役・巡視・牽引・家畜の統率、軍事用など幅広く用いられている。荷台は大きめで、四輪以上の駆動輪を持つモデル[5]や、水陸両用の特殊な構造のものなどがある。
モトクロッサーやトレールバイクなどのオフロード二輪と比較すると、二輪の方が車両価格が安い、非常に細い道も走れる、コーナーリングもジャンプも機動的かつ刺激的などのメリットがあるが、ATVは転倒しづらく訓練なしに運転しやすい、足つきを気にする必要が無い、雪上でも走りやすい、運搬や牽引の能力が高いなど実用面で優れている点が多い[6]。FIM主催の競技ではATVの最高速度は二輪より低く規制されており、総合タイムでは二輪を下回る。
なお安全面では、ATVの方が転倒自体はしづらいものの、負傷で死亡する可能性が有意に高いとされる[7]。これは運転しやすさや安定性の高さ故の慢心に加え、重量の大きさから来る衝突や転倒時のダメージの大きさなどが原因であると考えられる。
私有地などの限定された敷地内では運転免許や年齢制限などの運転資格は要求されず、アメリカでは一定の条件を満たせば16歳未満の子供でも公有地を運転することが許可される州もある[8]。逆にドイツでは自然保護の観点から公道以外での走行が許可されておらず、普通の自動車免許があれば16歳から運転可能である。しかし安全面が問題視され、2005年からヘルメット着用が義務となった[2]。
日本では体験操縦できる施設[9]や競技組織[10]においては年齢制限を設けている。また、メーカーによっては車種ごとに対象年齢を指定している場合もある[11]。自治体では50cc以下は保安基準や規格を満たせばナンバーを取得した上で公道走行が可能となるが、50cc以上のものについては小型特殊自動車の条件に違反するため、一切のナンバー取得ができない(後述)[12][13]。
歴史
1959年にJGRガンスポーツ社創設者のジャック・レンペル(またの名をジョン・ガワー)が公表した、六輪の小型水陸両用ATV(現在ではAmphibious ATV、AATVと呼ばれる)が、ATVの源流とされる[14]。
通常の水陸両用車より圧倒的に小型で安価なこの車両は後に「ジガー」の名を与えられ、1961年に2ストロークのツインエンジンとバルーンタイヤの組み合わせで発売されてブームを巻き起こした。NATVA (National All-Terrain Vehicle Association) というAATV競技団体も立ち上がり、70年代まで複数のワークス・セミワークス参戦が行われるほどの人気を博した。しかし石油危機でこのような高価なレクリエーション用車両に出費しづらくなったこと、車両構造が複雑でメンテナンスが難しかったこと、後述のより安価でシンプルな三輪ATVの躍進などにより、急速に水陸両用車市場は衰退していった。
1967年に「冬でも乗れるバイクが欲しい」という米国法人の要請に応じて、ホンダのオサム・タケウチがオフロード三輪のUS90(発売半年後にATC90へ改名。ATCとは"All Terrain Cycles"、「全地形バイク」の意味で、後発の三輪もATCと呼ばれた)を開発して北米でヒットを飛ばし、ここにヤマハ・カワサキも参入して一大市場を築いた。この人気の高まりに応じて、アメリカモーターサイクリスト協会 (AMA) はアメリカ全地形対応車協会 (AATVA) を設立した[15]。
1980年代前半に入るとスズキ、続いてホンダが四輪のATVを開発した。ポラリス・インダストリーズなど北米のメーカーも小規模ながらATVに参入したが、基本的には日本の4大メーカーによる激しい開発競争によってATVは発展していった。1984年に北米の長距離レースGNCC(グランド・ナショナル・クロスカントリー)でATV部門が追加され、1985年にはAMAモトクロスも誕生した[15]。GNCCは現在、AMAモトクロスを凌ぐ人気を誇る[16]。
しかし三輪特有の運動特性のクセに運転者の技術が伴わなかったことや、運転者の安全への意識が低かったこともあって事故が多発したため、1980年代に消費者製品安全委員会 (CPSC) の調査が入り、全米のATV卸売業者たちに総額1億円を費やしての安全プログラムの拡大を約束させている。この時三輪は特にトレーニングプログラムが厳重化されたことで事実上終焉を迎え[17][18][19]、三輪は1987年を最後に各社とも製造を終了。ATVは四輪へ完全移行した。三輪ATVの絶滅はスポーツ界に濃い影を落としたが、2000年代に入って各社がスポーツATVを開発して再び活性化した[15]。カワサキ、Can-Am、ポラリス、KTMが一斉に450ccスポーツATV市場に参入した2008年がピークとなった[20]。
騒音の問題はATV発祥以前の1950年代からこの手の乗り物でずっと問題視されており、騒音を理由に走行を禁止するエリアも少なくなかった。しばし米国の総務省や関連団体が騒音自粛のキャンペーンを行っており、一定の成果はあったものの、根本的な解決には至らなかった。2002年にカリフォルニア州にて、この手のオフロード車両の排気音量上限を96デシベルに制限する法案が可決された[21]。
ダカール・ラリーでは1997年にフランス人ライダーのダニエル・ジルーによって初めてATVが完走を記録。以降「エクスペリメンタル」の一種として、バイク部門の下位クラスに組み込まれていたが、2005年にダカールと異なる車両規定を用いるFIMクロスカントリーラリー世界選手権で部門が創設され、2009年にはダカールでも部門として独立を果たしている[22]。
2010年代に入るとATVを四輪自動車の構成にしたようなサイド・バイ・サイド・ビークル(SSV、UTV)が、実用性・安全性・スポーツ性など各方面の優秀性で人気を集めて各社がリソースを注ぎ込むようになったのに加え、リーマン・ショックの影響で各社ともニッチなスポーツATVにリソースを割けなくなった[23]。また競技では二輪オートバイに比べると少々地味であり、集客は今ひとつであった。その結果ヤマハ以外のメーカーはピュアスポーツATV市場からぞろぞろと撤退していき、ATVレースの大排気量クラスはどこもヤマハのワンメイクレースの様相を呈するようになった[15][24](ただし450cc以下のクラスではホンダ、スズキなどの型落ちマシンも多く走っており、一定の戦闘力を保持している)。
なおATVを販売するブランドは世界中に大小多くあるが、若者向けモデルや排気量200cc未満の廉価なモデルについては、その大部分の製造・OEM供給について、長らく日本か台湾のメーカーが担っている[25]。
四輪ATVでも安全の問題はしばし取り沙汰され、オーストラリアではフォーミュラカーのロールバーのような形状のOPD(オペレーター・プロテクティブ・デバイス、運転者保護デバイス)の装着が義務化された。しかしヤマハは「メーカーが未テストのままボルトオンで装着しなければならないデバイスに顧客の命は賭けられない」とこれに反発し、2021年10月にオーストラリアの業務用ATVを販売終了(スポーツ用と子供用は継続)し、需要をSSVで代替している[26]。
ホンダは2024年に90cc・250ccクラスでスポーツATV市場に復帰することを表明している[27]。
- ^ ANSI/SVIA 1-1990
- ^ a b c 「ATV」って、迷惑!?
- ^ Do ATVs Have Power Steering? And is it Useful? Dirt Wheel Rider 2023年10月11日閲覧
- ^ 南米大陸に挑んだいろんな乗り物 ダカールラリー2017同行取材で観た!(その2)
- ^ “2011 Polaris Sportsman Big Boss 6x6 800 ATV : Overview”. POLARIS INDUSTRIES INC.. 2011年6月24日閲覧。
- ^ Dirt Bike vs ATV: 12 Pros and Cons of each sport DIRT BIKE PLANET 2023年10月10日閲覧
- ^ Dirt Biking Dangers: Is It a Safe Family Sport? DIRT BIKE PLANET 2023年10月10日閲覧
- ^ “Oregon Parks and Recreation Department: ATVs ATV Permits” (英語). Oregon Parks and Recreation Department. 2011年7月25日閲覧。 “Operator requirements (applies only to public OHV riding areas)”
- ^ 那須バギーパーク - 施設によって異なる(おおよそ6歳以上)
- ^ [1] - 日本ATV協会では「8歳以上」と年齢制限をかけている
- ^ ヤマハ発動機・ATV(四輪バギー)Q&A・YFM50R(2007年モデル・国内販売終了)
- ^ https://www.city.gujo.gifu.jp/faq/cat725/faq00643.html 四輪バギー(ATV)の登録について群上市ホームページ 2023年8月20日閲覧
- ^ 四輪バギー(ATV)の取り扱い富山市ホームページ 2023年8月20日閲覧
- ^ JIGER
- ^ a b c d SERIES PROFILEATVモトクロス公式サイト 2023年9月7日閲覧
- ^ ATV RacingAMA公式サイト 2023年9月7日閲覧
- ^ [2]
- ^ This is a brief time line of the history of the ATV.
- ^ The History of ATVs Here is the Whole Story
- ^ What Happened to Sport ATVs? 12 Reasons Why Sport ATVs are Dead :( Dirt Wheel Rider 2023年10月11日閲覧
- ^ The Sound Issue: Loud ATVs taking away our trails ATV course 2023年10月14日閲覧
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- ^ ATV PROJECT: TRANGHESE DESIGNS KAWASAKI KFX450Rダートホイールズ 2023年9月7日閲覧
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- ^ Honda Confirms Return of Small-Displacement ATVsATV RIDER 2023年9月7日閲覧
- ^ GARAGE BOSS商品ページ
- ^ 荷台や乗員を保護する枠構造を持つサイド・バイ・サイド・ビークルは大型特殊自動車として登録が認められた例がある。
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- ^ “Standard Motor Corporation”. Standard Motor Corporation. 2011年7月25日閲覧。
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- ^ “CEC”. CEC. 2014年3月9日閲覧。
- ^ “CFMOTO”. CFMOTO. 2017年5月27日閲覧。
- ^ “Viar Motor”. Viar Motor. 2017年11月1日閲覧。
- ^ “Gibbs Sports Amphibians”. GIBBS SPORTS AMPHIBIANS INC. 2013年1月9日閲覧。
- ^ CANNONDALE QUADS
- ^ THROWBACK TEST // 2004 GASGAS WILD 450 & 300
- ^ Company Profile
- ^ What is an ROV?
- ^ 公道を走れるようになったオフロード車両:ポラリス レンジャー…オートモビルカウンシル2023
- 1 全地形対応車とは
- 2 全地形対応車の概要
- 3 日本の法規における扱い
- 4 脚注
- 全地形対応車のページへのリンク