マンホールの蓋 日本のマンホール蓋

マンホールの蓋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/19 09:44 UTC 版)

日本のマンホール蓋

マンホール蓋における問題点

日本国内に設置されているマンホール蓋は、下水道用だけで約1500万個ある。トラックの大型化に伴い1995年、幹線道路では25トンの荷重(それ以前は20トン対応)に耐えられるように安全基準が変更された。この改正以前の設置分を含めて、車道で15年、歩道で30年程度とされる耐用年数を過ぎた蓋が全国に約300万個あると日本グラウンドマンホール工業会(東京)は推計しており、更新が遅れるとスリップ事故などに繋がる懸念がある[39]

豪雨による下水道内の水量増加に伴って蓋が外れる危険性がある[40]。そのため、2018年には蓋が下方向から受ける圧力や水圧を逃す仕組みを持つ「圧力解放耐揚圧」機能を持ったマンホールがJIS規格として定められる[40]

本来、マンホール蓋表面の紋様はスリップ防止のために付けられている物だが、散見される具象模様付の蓋は、旧来の単純な幾何学模様の蓋に比べて平面の部分が増加した物も多く見られる。自治体によっては一時期、具象模様付の蓋を採用したものの、後にそれを中止し、最新の細かい幾何学模様のマンホール蓋を採用している例もある[41][42]

情報通信技術の活用

ICT(情報通信技術)の活用として、蓋に測定器や通信用アンテナを組み込むことで函渠内部の状況をリアルタイムで把握できる計測システムが開発されている[43]。蓋裏側にバッテリーを内蔵することで電源工事が不要で、電源がない場所でも測定・通信が可能である[43]。函渠内部の水位や流量のほか、pH(水素イオン指数)や硫化水素濃度、臭気測定などの環境測定にも利用できる[43]

また、施設情報を記録したICタグを使用することで維持管理を効率化させる技術も構築されている[43]。この技術は専用の端末を用意しなくても、専用アプリをインストールしたスマートフォンを用意すればよく、広く活用が期待されている[43]

歴史的なマンホール蓋

日本で最初の下水道は、1881年明治14年)の横浜居留地で、神奈川県御用掛(技師)の三田善太郎がこの下水道の設計を行ない、その時に「マンホール」を「人孔」と翻訳したのではないかと言われている。この時設置された蓋は鋳鉄製格子状だったとも木製格子状だったとも言われており、詳細については不明である[44]

間違いなく鋳鉄製の蓋が使用されたのは、1885年(明治18年)の神田下水(東京)の「鋳鉄製格子形」が嚆矢とされている[44]。鋳鉄製格子形の物は実際に2000年代まで東京都千代田区神田岩本町に残存していたのが林丈二、栗原岳により確認されており、寸法や格子の穴の数まで神田下水当時の図面に描かれた蓋[45]と同一であった。また、北海道函館市入舟町には1897年(明治30年)頃の物と推察される鋳鉄製格子形の蓋が2018年時点で幾つか現存しており[注 3]、国内現役最古のマンホール蓋の可能性がある。

現在の蓋の原形は、明治から大正にかけて、東京帝国大学で教鞭をとると同時に、内務省の技師として全国の上下水道を指導していた中島鋭治が、1904年(明治37年)から1907年(明治40年)にかけて東京市の下水道を設計するとき[46]に西欧のマンホールを参考に考案した。この当時の紋様が東京市型と呼ばれ、中島門下生が全国に散るとともに広まってゆき、その後、1958年(昭和33年)にマンホール蓋のJIS規格(JIS A 5506)が制定された際に、この紋様が採用された。一方、名古屋市の創設下水道(1907年=明治40年起工[47])の専任技師だった茂庭忠次郎は、その後内務省土木局に入り、全国の上下水道技術を指導した折に名古屋市型を推し進めたため、名古屋市型紋様も全国的に広まっていった[44]

一方、大正時代から昭和初期頃にドイツ製のマンホールの蓋の輸入例もあり「ドイツ蓋」と呼ばれた(静岡県浜松市中区に日本国内では唯一現存のものがあったが、2023年8月に撤去され、当面は浜松市下水道工事課で保管されることになった)[48]

コンクリート製マンホール蓋は、1932年(昭和7年)頃、東京の隅田川にかかる小台橋近くの工場で森勝吉が製造したのが嚆矢[49]とされ、ダイヤ型のガス抜き穴が開いた物であった。「森式」、あるいは「小台型」と呼ばれ、特に金属が不足した支那事変以降、戦時中にかけて多用されたと言われている[49]

他に上水道、電話、電力、ガスといった事業体でもマンホール蓋は存在する。

日本の古いマンホールの蓋では、「制水弁」・「仕切弁」などといったものの「弁」の表記に漢字「弇」を用いて「制水弇」「仕切弇」などと表記されている場合がある。この「弇」の漢字は本来は「エン」と音読みして「覆い」や「蓋」を意味するが、実際には「制水弇」「仕切弇」などの「弇」は「弁」の当時の正式な字体である「瓣」の略字として用いられ「ベン」として取り扱われていたようであり、戦後の当用漢字制定後に「制水弁」「仕切弁」などの表記に置き換わったようである。

デザインマンホール

日本の多くの自治体ではその地域の名産や特色をモチーフにしているデザインマンホールが導入されている(色付きのものはカラーマンホールとも呼ばれる)。特に下水道関連のマンホールでは多種多様なデザインが見受けられる。

景観に合うように周囲の地面と同じ化粧を施された蓋は、化粧蓋と呼ばれる[5]


注釈

  1. ^ マンホールのふた(日本篇)、マンホールの蓋(ヨーロッパ篇)の2冊を上梓。
  2. ^ 日本土木工業協会刊行 建設業界誌に連載のエッセイで歴史的マンホール蓋について詳細に記述。
  3. ^ 北海道庁函館支庁1899年(明治32年)発行 函館港改良工事報文に掲載の図面に描かれた物と同一の蓋が図面と同位置に現存。

出典

  1. ^ a b 意匠分類定義カード (L2)” (PDF). 特許庁. 2016年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月29日閲覧。
  2. ^ 山方三郎 2010, p. 18.
  3. ^ 小峯龍男 2021, p. 69.
  4. ^ 杉伸太郎 2018, p. 75.
  5. ^ a b c d 三土たつお 2016, p. 51.
  6. ^ 日本グラウンドマンホール工業会 2021, 1.
  7. ^ a b c 身もフタもある ご当地マンホール”. 2013年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月8日閲覧。
  8. ^ 三土たつお 2016, p. 57.
  9. ^ a b 石川成昭 2018, p. 1.
  10. ^ 関根康生 2013, p. 200.
  11. ^ 平成10年の高知豪雨水害”. 四国災害アーカイブス. 一般社団法人 四国クリエイト協会. 2018年6月21日閲覧。
  12. ^ [1][リンク切れ] 日本下水道協会規格(JSWAS) 下水道用鋳鉄製マンホールふた(G-4)
  13. ^ 三土たつお 2016, p. 55.
  14. ^ APEC警備本格化 横浜でマンホール2000カ所封印『日本経済新聞』2010年11月7日(2017年11月18日閲覧)
  15. ^ Brian Long 2008, p. 172.
  16. ^ F1ニュース速報/解説【Formula1-Data】 2019, p. 1.
  17. ^ List of Myths and Summaries 2013, p. 2.
  18. ^ F1 - Number Web - ナンバー 2019, p. 1.
  19. ^ C・キャシディー, P・ドハティー & 梶山あゆみ 2021, p. 19.
  20. ^ 伊藤哲男 1967, pp. 14–15.
  21. ^ a b c d 伊藤哲男 1967, p. 14.
  22. ^ 下水道マンホール緊急対策委員会 1999, p. 2.
  23. ^ a b 杉伸太郎 2018, p. 76.
  24. ^ 伊藤哲男 1967, p. 34.
  25. ^ 大石哲之 2009, p. 5.
  26. ^ a b c 中谷充宏 2012, p. 200.
  27. ^ 大石哲之 2009, p. 161.
  28. ^ a b 高濱正伸 2014, p. 102.
  29. ^ 大石哲之 2009, p. 162.
  30. ^ 三土たつお 2016, p. 54.
  31. ^ 正木信太郎 et al. 2021, p. 143.
  32. ^ マンホールふた45点 県庁で展示”. 2017年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月4日閲覧。
  33. ^ 地域の魅力を映す「デザインマンホール蓋」、下水道への理解促進へ「マンホールサミット」、岡山・倉敷で18日開催”. 2019年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月17日閲覧。
  34. ^ 愛知県流域下水道のマンホール蓋の新デザインを決定しました!愛知県下水道課(2017年10月30日)2018年2月5日閲覧
  35. ^ アニメ「ラブライブ!」マンホールに 舞台の沼津市設置へ静岡新聞NEWS(2018年1月20日)2018年2月5日閲覧。[リンク切れ]
  36. ^ マンホールふた販売で注目 前橋市、申し込み殺到”. 2017年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月7日閲覧。
  37. ^ 日本底辺教育調査会 2012, p. 146.
  38. ^ 五條警察署 2008, p. 13.
  39. ^ マンホールのふた 300万個老朽化の恐れ 耐用年数超過『日本経済新聞』朝刊2018年1月8日(社会面)
  40. ^ a b “マンホールのふた、23年ぶりに規格改正。集中豪雨・老朽化に対処”. 日刊工業新聞. (2018年12月5日). https://newswitch.jp/p/15512 2018年12月6日閲覧。 
  41. ^ 伊藤 (1967), pp. 72–78.
  42. ^ 林 (1984), pp. 176–177.
  43. ^ a b c d e 杉伸太郎 2018, p. 77.
  44. ^ a b c 林 (1984), pp. 177–178.
  45. ^ 林 (1984), p. 45.
  46. ^ 中島工学博士記念事業会 (1927), pp. 727–769.
  47. ^ 中島工学博士記念事業会 (1927), pp. 789–800.
  48. ^ “マンホール「ドイツ蓋」撤去 浜松市保管へ 国内で唯一現存”. 静岡新聞. (2023年8月15日). https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/1297751.html 2023年8月15日閲覧。 
  49. ^ a b 林 (1984), p. 63.
  50. ^ 栃木県/マンホールの蓋ができるまで”. 栃木県下水道管理事務所. 2023年6月24日閲覧。





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