ボウイング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/21 16:41 UTC 版)
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのヴァイオリン属の楽器など、擦弦楽器では弓の毛の部分を楽器の弦(げん)の上を垂直に交わるように接触させて音を出す。弓や弦の位置、接触させる毛の量(弓を傾ける角度)、弓を動かす方向、弦に加える力の強さ、弓を動かす速さによって音の強さや音色が変わる。あまり使われないがエレクトリックギターを強く歪ませた音にして使われる事もある(ボウイング奏法を参照)。
用語
弓の各部の名称
さお
弓の木部。
毛
弓の毛。
毛箱(わく、フロッグ、ナット)
さおに取り付けられた黒い箱。
パールアイ
毛箱についた丸い模様の装飾。
ネジ(スクリュー)
さおの元の部分についたネジ。毛の張り具合を調整するのに使う。
チップ
弓の先端に貼り付けられた部品。
弓の毛の部位
弓先(ティップ)
弓の毛の先端、チップ付近。
弓元(ナット)
弓の毛の根元、毛箱付近。
重心
弓が重さで釣り合う点で、弓元から毛の1/3くらいの場所になる。
弓の量[1]
全弓
弓先から弓元までの弓の毛全て。記号G.またはG.B.(独)またはW.(英)。
先半弓(上半弓)
弓先から弓の中心あたりまで。記号o.H.(独)またはU.H.(英)。
元半弓(下半弓)
弓の中心あたりから弓元まで。記号u.H.(独)またはL.H.(英)。
先弓
弓先から毛の1/3程度。記号Sp.(独)またはPt.(英)。
中弓
弓の毛の中心1/3程度。記号M.(独英)。
元弓
弓の重心から弓元までの、毛の1/3程度の部分。記号Fr.(独)またはN.(英)。
弓の方向
ダウン・ボウ
弓元から弓先に向かう方向に弓を動かすこと。下げ弓。記号は。フランス語ではtiré(引く)。
アップ・ボウ
弓先から弓元に向かう方向に弓を動かすこと。上げ弓。記号は。フランス語ではpoussé(押す)。
ボウイングの基本[2]
弓の持ち方
指は全て自然な向きに曲げる。親指の先をサムグリップに斜め下から当て、弓の重さを親指で支える[3]。人差し指・中指・薬指の第1関節付近がさおに上から接するように当てる。薬指の先は毛箱に触れる。小指は、ヴァイオリンでは指の先をさおの上に載せ、ヴィオラでは指の腹をさおの上に載せる[4]。チェロは他の指と同様に第1関節でさおに上から接するように当てる。ヴァイオリンの弓の持ち方は、指の接する場所・指の傾き・持つ深さなどによって、ドイツ式・フランコ=ベルギー式・ロシア式に分かれる[5]。
基本運動
右手で弓を持ち、常に弦に対して垂直に交わるように往復させる。弓は直線運動であるのに対し、人体の構造上肘を屈伸させると手先は円を描く。各楽器によって弓の持ち方が異なるが、円運動を直線運動に変換させるためには手首と指の使い方が肝要である[6]。
弓の圧力
腕の重さと弓の重さを自然にかけ、押し付けず、空回りしない圧力で一定させるが、先弓・中弓・元弓と重さのかかり方が変化するので、右手首や右手指での調整が必要とされる[7]。
弾き始める弓の位置
弓のどこでも同じように弾けるように練習するが、場所によって傾向が違うので、求められている表現によって使い分ける。先弓はピアノやトレモロや細かい表現に適し、元弓は音量を出すのに適し、中弓はオールマイティである。
弓を弾く弦の位置
基本は、駒と指板の(駒側の)端の中間を弾く。弦の中央(振幅の中心)に向かって駒から遠い方が柔らかく小さい音に、逆に端(駒)に近い方がきつく強い音になる。前者をスル・タスト、後者の極端なものをスル・ポンティチェロと言い、しばしば作曲者によって奏法が指示される[8]。
弓の毛の量
弦に接触させる弓の毛の量が多いほど、量感のある音となり、逆に少ないほど繊細な音になる。弓の毛の量は、ヴァイオリン・ヴィオラでは弓を傾ける手首の角度によって調整される[9]。チェロは弓の傾きは一定に保って演奏するため、毛の量は弓の弦への沈め方で調整する。同様の調整はヴァイオリン・ヴィオラでも使われる。
弓の方向
元弓から先弓に向かって毛を使う方向をダウン・ボウ(下げ弓)、逆をアップ・ボウ(上げ弓)と言い、それぞれ、
の記号を使う。一般的にダウン・ボウを強拍に、アップ・ボウを弱拍に用いる。
また、だんだん弱くなる場合にはダウン・ボウが、だんだん強くなる場合にはアップ・ボウが適する。
しかし、基礎練習時に関しては別で、ダウン・ボウ、アップ・ボウ両方において、同様の表現が出来る様に(ダウン・ボウとアップ・ボウで、また根元と弓先で均一な音を出せる様に)練習をする。
各弦と弓との角度
各弦に対しては、両隣の弦と弓の毛の距離が最大になるように角度を決めるのが基本となる。そのための弓の角度は、基本的に右ひじの高さで調整する。速い移弦の際などは、右手首の動きや指弓(後述)を使う場合もある。
重弦の際は、両方の弦にほぼ均等に重さがかかるよう、精密な角度が求められる。
速い移弦は、ダウン・アップの動きと組み合わさり、右手は円運動のように動く。
接点・圧力・速度・音量・音色の関係
弓と弦の接点は指板と駒の中央が基本だが、高音弦側に行くほど・音やポジションが高くなるほど駒に近い方が良く響き[10]、逆に低音弦側に行くほど指板に近い方が良く響く[11]。ヴァイオリンのG線は指板の端から1.5cmほどの場所、E線は駒から1.5cmほどの場所が基本になる[12]。
圧力は小さすぎれば音が出なかったり弦の表面を弓が滑るだけになったりし、大きすぎれば弦の振動を妨げ音が潰れる[13]。音程も圧力によって変化し、大きすぎる圧力は音程を下げる[14]。
速度はあるところまでは速い方が音量が増すが、弦を振動させる適正な範囲より速くなると弓が滑ってかえって音量が出なくなる[13]。
接点の場所により、適切な圧力と速度のバランスが変化する。指板と駒の中央を弾いている場合を標準とすると、指板寄りは弱い圧力と速い弓が適し、コマ寄りは強い圧力と遅い弓が適する[15]。
音量とは、弦楽器の場合は弦の振幅のこと[16]。圧力や速度を単純に増すとガーッと鳴っているように感じるが、雑音の成分が目立っているだけであり、近くではうるさく、遠くでは聞こえない[15]。弦の振動がコマを通じて表板や裏板を振動させて発生するのが弦楽器の音であるため、振幅=音量である。
音量は、接点と圧力と速度の関係で決まる。接点ごとに最大の振幅を出せる圧力と速度のバランスが存在し、そこから圧力か速度を減じると音量が下がる。コマ寄りで圧力を減じすぎると音が裏返り、指板寄りで速度を減じすぎると引っかかってまともな音がしない[13]。
音色は、主に接点と圧力で決まる。コマに寄るか圧力を高めると倍音の多いキラキラした音色になり、指板に寄るか圧力を弱めると倍音の少ない素朴な音色になる[17]。当然、まともに音の出るバランスの範囲内で弾くことが前提である。
「常に弦に対して垂直になるように往復させる」のは接点が一定になるためであり、音量や音色を連続的に変化させたい場合はあえて斜めに運弓して接点を移動させる場合もある[18]。
スラー
楽譜にスラーが書かれていれば、それは複数の音に対して一弓(ひとゆみ)で演奏することを意味する。歌やピアノや管楽器のスラーはある意味フレーズを示すマークのようなものだが、弦楽器のスラーは奏法と不可分である。
スラーの中では出す音や弾く弦が変わるが、押さえる指により弓との接点の高さが微妙に変化し、弦が変われば弓の角度と速度・圧力・接点のベストバランスが変化する。こうした変化と、元弓・中弓・先弓の変化に同時に対応しなければならず、また左手指を可能な限り残すことも必要とされ、スラーを美しく弾くのは初心者にとっては難関である。
非常に長い範囲にスラーがかかっていて記譜通りに演奏するのが不可能な場合は途中で弓を返す必要がある。この場合、奏者はアーティキュレーションの性格を損なわないよう注意して演奏する。音が均等に美しく鳴りつづけるようにするのは難易度の高い技術である。合奏では、ひとつのパートの中で(他の奏者と)返すタイミングを意図的にずらすことで音が途切れないようにする場合がある(管楽器のカンニング・ブレスと似ている)。
スラーの場合、ヴァイオリンとヴィオラでは上行音型にはダウンボウが適し、チェロとコントラバスでは逆になる。これは楽器を構える方向が体に対して逆、すなわち弦の高低の順番が弓に対して逆(ヴァイオリンとヴィオラでは高い弦が弓元に近く、チェロとコントラバスでは低い弦が弓元に近い)である事に起因する。
指弓[19]
日本では有名な用語であり、一般的なヴァイオリン教本[20]や日本語での技術書[21]にも用語が出ているが、定義を明解に示したものはなく、ただ練習法だけが示されている。
欧米の技術書では、指弓と言う用語自体が基本的に出てこない。カール・フレッシュ「ヴァイオリン演奏の技法」に「パリ音楽院に在学中、オランダのあるヴァイオリニストが指弓の秘法を伝授してくれた。それは1892年のことであった。」と記されているくらいである。
したがって、書籍による典拠によって説明することはできないが、日本語で言う「指弓」を、出来るだけ公平な記載で示す。
定義
右手指の屈伸運動と右手首の動きを組み合わせ、手首から先の動きだけで弓を進行方向前後に動かす運動。
指を曲げる+手首を反らす(ダウンの開始時)、指を伸ばす+手首を曲げる(アップの開始時)と言う組み合わせで行う。
指の動きは、右手首の動きや弦と毛の摩擦によって受動的に行われる。
ただし、チェロでは手首の曲げ伸ばしは推奨されておらず、チェロでの「指弓」は、弦と毛の摩擦によって指が受動的に曲げ伸ばしされる状態を言うようである。
用途
- 弓の返しを滑らかにするため、返しぎわの運弓を腕からの動きではなく指弓を使い、弓の方向変換時の衝撃を和らげる。
- 速い動きをはっきり弾く際に、腕からの動きでは間に合わないので指弓で行う。コーレの定義と同じ[22]。
- なめらかな移弦を行おうとする際に、右腕の上下に加えて、もしくは指弓だけで移弦を行う。
その他
習得が難しい技術として知られる。「指弓は超絶技巧より難しい」と明言しているプロもいる。
レイトスターターが気にしすぎると他のもっと大きな動きが崩れてしまう危険があるともされる。
- ^ 記号は「ヴァイオリン各駅停車」による。
- ^ 弦楽器奏者にとっては常識的な話であるため、出典は挙げたもの以外も当然あり得る。ただし、日本語の弦楽器の文献は貧弱であり、英語版の書籍にしかなかった記載も多い。
- ^ いまさら聞けないヴァイオリンの常識、25~27ページ。
- ^ 『おのふじびおらデラックス』2015追伸付版、小野富士著、せきれい社。
- ^ ヴァイオリン各駅停車、180ページ。
- ^ ヴァイオリン各駅停車、186ページ。
- ^ ヴァイオリン各駅停車、189ページ。
- ^ ヴァイオリン各駅停車、199ページ。
- ^ ヴァイオリン各駅停車、201ページ。
- ^ ヴァイオリンBasics、41ページ。
- ^ ヴァイオリン奏法と指導の原理、58ページ。
- ^ The Violin Lesson、5ページ。
- ^ a b c The Violin Lesson、13ページ。
- ^ The Violin Lesson、84ページ。
- ^ a b The Violin Lesson、7ページ。
- ^ The Violin Lesson、2ページ。
- ^ The Violin Lesson、8ページ。
- ^ The Violin Lesson、22ページ。
- ^ 基本と言うには難しく、奏法と言うには半端であり、しかし大変に重要な用語であるため、敢えて項を独立させて記載する。
- ^ 新しいバイオリン教本3、43ページ。
- ^ いまさら聞けないヴァイオリンの常識、79ページ。
- ^ 海外ではコーレが重要技術と認知されているようであり、日本でヴァイオリン教師が指弓の習得を気に掛けるのと同様のようである。
- ^ ガラミアン同著68ページ。
- ^ ガラミアン同著68ページ。また、遠藤記代子「かっこいい!ヴァイオリン ベーシックスタディ」にも記載があるが、奏法自体の説明はされておらず、既知のものとして扱われている。
- ^ ガラミアンの同著、68ページ。
- ^ この項に関しても、基本的すぎて文献を示すことができない。ここでは、弦楽器を習ったり、弦楽合奏やオーケストラに所属したことがある人が暗黙のうちに共有している「弓づかい」の意味でのボウイングについて、可能な限り公平な記載を試みる。
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