フォルクスワーゲングループジャパン
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役員
- 1983年8月 ‐ 1994年:代表取締役社長 溝口靖人(バンドー化学より転身。のちに豊橋創造大学教授)
- 1983年8月 ‐ 1998年:代表取締役副社長兼フォルクスワーゲン・アジア・パシフィック東京事務所代表 ロバート H ヤンソン (1980年からVWAG日本地区代表。のちに独立し、ヤンソン・アンド・アソシエイツ代表)
- 1994年3月 - 1998年: 代表取締役社長 佐藤満(ホンダから就任。のちゼネラルモーターズジャパン社長)
- 1997年 代表取締役副社長 ウド・シュルケ(前フォルクスワーゲンリーシングGmbH社長)
- 1998年 - 2001年: 代表取締役社長 ピーター・アンソニー・ノッカー
- 2001年7月1日 - 2012年:代表取締役社長 梅野勉 (ホンダ(オーストラリア法人社長など)を経て入社し副社長から昇格)
- 2012年8月 - 2015年7月31日:代表取締役社長 庄司茂(日本自動車輸入組合理事長を兼任)
- 2015年8月1日 -:代表取締役社長 スヴェン・シュタイン
部門・施設
愛知県豊橋市に本社機構を置き、東京都品川区の御殿山トラストタワー、横浜市西区のみなとみらいグランドセントラルタワーにオフィスを持つ。日本における自動車輸入業者としては国内最大規模である。
豊橋本社
- 営業本部物流部門:ディーラーからの受注へ対応し、車両の物流を担当。
- アフターセールス部門:サービス技術員のスペシャリスト育成のためのトレーニングセンターを要し、講習、研修を行う。
- テクニカルサービス部門:車両型式を取得した車は、TSC:Technical Service Centerで日本の法規・仕様に対応するよう点検、整備を行う。この整備工場は2000年にISO14001を取得。TSCで整備・点検ならびに完成検査を行った後、VGJが「カーサイロ」と呼ぶ完全自動の立体自動車倉庫に保管される。14層(階)の立体倉庫で収容台数は5,352台。「オートメーション・カートラック・システム」と呼ばれる入出庫システムがあり、能力は1時間に約120台。2004年には環境対応のため、輸送車両のガードワックスを廃止し、リサイクル可能なフルボディカバー(FBC)を採用した。
- 部品部門:輸入車には安定した部品の供給が求められるため、インポートセンター内に自動化されたCPD(中央部品倉庫)と呼ばれる部品用の自動倉庫を設置し、6万品目の収納が可能。
- 専用岸壁:自動車関連企業の輸出入が多く行われている三河港に位置し、外国車インポーターとしては、国内唯一の自社専用岸壁を保有している。専用ヤードから直接新車整備工場へ繋がっている。
東京オフィス
- マーケティング部門:広告宣伝活動、商品企画等を行っている。
- 広報部門:主にメディアなどに対する、広報活動を行っている。
- 営業部門:販売戦略の構築、正規ディーラーへのバックアップ、認定中古車の販売サポート等を担当する。
- フォルクスワーゲン・ファイナンシャル・サービス・ジャパン株式会社(VFJ):フォルクスワーゲングループの車(アウディ・ベントレー・ランボルギーニ)購入する顧客へのファイナンスプログラムを提供している。各正規販売店向けのファイナンスプログラムも提供している。
横浜オフィス
販売車種一覧
以下は年代別の販売車種の一覧で店頭発売日順。日本のみで企画された販売促進のための特別仕様車についてはその名称と限定台数も記している。
ヤナセ時代
フォルクスワーゲンが日本に資本投入する以前はヤナセが長年にわたりフォルクスワーゲンを浸透させてきた。以下には日本におけるフォルクスワーゲン販売の代表的車種のみ掲載している。
- 1954年 - フォルクスワーゲン(「かぶとむし」とよばれた)
- 1975年2月 - ゴルフ、フォルクスワーゲン・シロッコ
- 1977年 - 日産とサンタナプロジェクト検討開始。サンタナはパサートセダン
- 1980年4月 - 初代ゴルフ カブリオ:1993年までの累計輸入数4000台超
- 1981年 - ジェッタ:累計輸入数約4000台
- 1982年 - サンタナプロジェクトを発足
フォルクスワーゲン株式会社
フォルクスワーゲン アウディ 日本
- 1990年4月:3代目パサート セダン(サンタナ後継)
- 1990年8月:コラード(シロッコ後継)
- 1992年4月:3代目ゴルフ
- 1992年5月:ヴェント - 累計輸入数約3万7000台
- 1993年11月:ヴァナゴン - 累計輸入数約1860台
- 1994年4月:2代目ゴルフカブリオ (3代目ゴルフベース)
- 1995年6月:ゴルフワゴン - バリアントを「ワゴン」として導入。アウトドアブームの波に乗り、1999年までに累計約3万5000台を導入。
- 1996年8月:ポロ - RJCインポート・カー・オブ・ザ・イヤー受賞
フォルクスワーゲン グループ ジャパン
- 2000年
- 2月:ゴルフワゴン(2代目)
- 5月:ポロ(3代目後期型)- RJCインポート・カー・オブ・ザ・イヤー受賞
- 2001年
- 2002年
- 1月:ゴルフ 32 (2ドアモデル・500台限定)
- 2月:ゴルフカブリオレ カラーコンセプト(特別仕様車・250台限定)
- 2月26日:ニュービートル ターボ
- 3月25日:ベントレー・アルナージ Rの予約注文の受付を開始
- 4月:ベントレー・アルナージ T
- 5月:パサート W8 - フォルクスワーゲンブランドでの高級路線を日本で展開開始
- 5月:ゴルフ R32 (4ドアモデル・400台限定)
- 6月14日:ポロ(4代目前期型)
- 7月:ロールスロイス最終モデルを販売。シルバーセラフ(限定1台、希望小売価格2970万円)およびパークウォードリムジン(限定1台、希望小売価格3490万円)
- 10月1日:ゴルフ イクセプト(特別仕様車)
- 10月28日:ベントレー・コンチネンタル T(最終生産分。限定3台、希望小売価格3995万円)
- 2003年
- 2月1日: ゴルフ アインス(特別仕様車・1500台限定)
- 5月10日:ルポ GTI
- 5月24日:ゴルフワゴン XP(特別仕様車・500台限定)
- 6月:ニュービートル カブリオレ
- 7月5日: ルポ コスタ(特別仕様車・500台限定)
- 8月23日:ゴルフ L(エル)およびL Plus(エルプラス)- フォルクスワーゲン輸入50周年記念モデル
- 9月2日:トゥアレグ
- 10月3日:ゴルフワゴン シュトラーセ(特別仕様車・500台限定)
- 10月3日:ゴルフワゴン GT
- 11月7日: パサートワゴン アクティーフ(特別仕様車・500台限定)
- 2004年
- 1月31日: ポロ アベニーダ(特別仕様車・1500台限定)
- 4月:ゴルフトゥーラン - 2004-2005 インポート・カー・オブ・ザ・イヤー受賞
- 5月:5代目ゴルフ - 2004-2005 インポート・カー・オブ・ザ・イヤー受賞
- 9月10日:ゴルフワゴン フライハイト(特別仕様車・500台限定)
- 10月2日:ニュービートル サルサ(特別仕様車・発売5周年キャンペーンモデル。赤のボディと赤と黒のシートを採用。475台限定)
- 11月12日:パサート、パサートワゴンの新ラインアップを導入。
- 2005年
- 1月14日:ポロ ヴィアッジョ(特別仕様車・1500台限定)
- 2月11日: ゴルフワゴン アインス(特別仕様車・750台限定)
- 4月5日:ニュービートル ホワイトバージョン/ブラックバージョン(特別仕様車・400台限定)
- 4月9日:ニュービートル カブリオレ ダークフリント(特別仕様車・120台限定)
- 5月14日:ゴルフ トゥーラン XE(特別仕様車・500台限定)
- 6月4日:ゴルフ GTI
- 6月21日: ポロ SE(Summer Edition・特別仕様車・1500台限定)
- 7月12日:トゥアレグ W12 スポーツ
- 9月3日:ポロ(フェイスリフト)
- 9月:ゴルフGTI - DSG、パドルシフト、坂道発進アシスト機能追加モデル
- 10月1日:ニュービートルおよびニュービートル カブリオレのデザイン変更
- 11月5日:ゴルフプラス
- 12月20日:ポロ GTI
- 2006年
- 1月25日:5代目ゴルフ R32
- 2月7日:ジェッタ - ボーラ後継車
- 4月11日:パサート ヴァリアント
- 5月13日:ゴルフトゥーラン - 装備一部変更
- 6月3日:ニュービートル クレム(特別仕様車)
- 7月25日:パサート ヴァリアント V6 4MOTION
- 8月24日:トゥアレグ シュトルツ - 内外装装備一部変更
- 9月2日:ポロ 1.6 スポーツライン、1.4 トレンドラインおよびクロスポロ
- 10月1日:トゥアレグ W12 エクスクルーシブ
- 10月31日:イオス - フォルクスワーゲン初の電動リトラクタブルハードトップ
- 10月31日:ポロ 1.4 コンフォートライン - 装備を充実させながら、価格を引き下げたモデル
- 2007年1月:ゴルフGT TSI
注釈
- ^ 当時の代表取締役社長であった庄司茂のアイディアから生まれたスローガンで、ドイツ語で「ワーゲン」は車という意味となっている為に本国のCEOであったマルティン・ヴィンターコルンは難色を示したものの、庄司は強引に押し通したが、同年の7月末で突如退職してしまった。
- ^ [1]には設立年月日として1983年(昭和58年)7月(フォルクスワーゲン 株式会社)
- ^ [2]には、「フォルクスワーゲングループジャパン株式会社は、フォルクスワーゲングループの日本法人として、フォルクスワーゲンAGの100%出資のもとで1989年に設立されました。」と上記と異なる記述もある。
- ^ 自動車メーカーのポルシェとは関係がない別会社。フェルディナント・ポルシェの長女「ルイーゼ・ピエヒ」が経営していたが、2011年に全保有株をフォルクスワーゲングループに売却した。
出典
- ^ a b c d e f フォルクスワーゲングループジャパン株式会社 第40期決算公告
- ^ a b c d e 日本自動車輸入組合(JAIA) 資料室 - インポーターの変遷
- ^ VWグループジャパン、アウディジャパンを吸収合併レスポンス 2021年12月21日
- ^ a b フォルクスワーゲン、横浜・みなとみらいに研究所(日本経済新聞 2019年12月3日)
- ^ 「ルポGTIカップ」の練習を自宅で(!?) - webCG
- ^ Japan Internet Report No. 37 April 1999
- ^ [3]
- ^ “フォルクスワーゲン、日本初の「3年間のタイヤパンク補償サービス」を導入”. フォルクスワーゲン グループ ジャパン. (2016年11月15日) 2016年11月18日閲覧。
- ^ “VJS株主構成のVWグループ内での変更について”. フォルクスワーゲン グループ ジャパン. (2019年1月18日) 2020年4月20日閲覧。
- ^ アウディジャパン2020年3月30日分プレスリリース「アウディジャパン販売株式会社の株主の変更について」2020年4月20日確認
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