バタフライ効果
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ポップカルチャーでの受容
ローレンツの研究、バタフライ効果という用語が与えられる以前からも、バタフライ効果が意味する初期鋭敏性、すなわち非常に小さな事象が因果関係の末に大きな結果につながるという考え方は、フィクション作品の中で多く見られる。グリックは著作の中で、そのような古い例として、童謡マザー・グースの『釘がないので』を挙げている[53]。ローレンツ自身も、講演以前の作品として、ジョージ・リッピー・スチュアートによる1941年の小説『嵐』などで、バタフライ効果を意味するようなセリフやストーリーがあることを例として挙げている[54]。ジャーナリストのピーター・ディザイクス(Peter Dizikes)はボストン・グローブのコラムで、ポピュラーカルチャーの中ではバタフライ効果という用語が「歴史や運命を決定する一見些細な出来事や、因果関係の繰り返しの果てに人生の行き先や世界経済にまで影響を与える最初のきっかけが存在することの意味するメタファー」として愛されていると述べている[22]。グリックも、バタフライ効果という言葉はポピュラーカルチャーでのクリシェになっていったと、2008年の後書きで振り返っている[55]。
一方、ディザイクスは、前述のコラムとマサチューセッツ工科大学のニュースマガジンの中で、ポピュラーカルチャーでのバタフライ効果の引用のされ方を見ると、この言葉が示すところの一側面しか理解されていないおそれを指摘している[22][42]。ボストン・グローブのコラムでは、仮に蝶のはばたきが連鎖の果てに嵐を起こすとしても、そのような小さな撹乱でも嵐が起きるような場合に何が嵐を起こしたのかをそもそも特定することができるのか?という、ローレンツの仕事が示した「原因と結果」というものを考えるときの新たな視点が伝わらない可能性について懸念を示している[22]。
上記のようにバタフライ効果を作品名としたり、1つの要素として取り入れている作品は多い。バタフライ効果を重要なプロットや設定として掲げている作品、そのように評される作品などに限って以下に示す。
- 『雷のような音』- 1952年のレイ・ブラッドベリによるSF短編小説[56]。2005年には『サウンド・オブ・サンダー』として映画化された。タイムトラベルで過去に戻った主人公が1匹の蝶を殺してしまったことによって歴史が大きく変化するというプロットとなっており、バタフライ効果とよく結び付けられる[57]。バタフライ効果という言葉が生まれる以前の作品だが、ローレンツが聞いたところによると、講演主催者のメリリースはこの小説は知らずに講演タイトルを設定したという[19]。
- 『ジュラシック・パーク』 - 1990年のマイケル・クライトンによるSF小説。登場人物の数学者がバタフライ効果について説明し、物語の行く末を予見する[58]。1993年の映画版でも同様なシーンがあり[59]、当時のカオス理論の流行的広がりを象徴する作品としてよく採り上げられる[60]。
- 『バタフライ・エフェクト』 - 2004年のエリック・ブレスとJ・マッキー・グルーバー監督のSF映画。過去に戻り、現在・未来を変えようとする主人公を描いた物語で[61]。バタフライ効果がタイトルの由来であり、さらには映画の全体的なモチーフとなっている[62][63]。
- 『ミスター・ノーバディ』 - 2009年のジャコ・ヴァン・ドルマル監督のSFファンタジー映画。超弦理論、ビッグクランチ、エントロピーといった科学理論を映画の構成に取り込んでおり[64]、バタフライ効果も作品の基調の1つで[65]、ストーリー展開の基盤となっている[66]。
- 『あのとき始まったことのすべて』- 2010年の中村航による恋愛小説[67]。物語の最初のきっかけ、物語の広がり方をバタフライ効果に例えて評されている[68][69]。
- 『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』- 2016年のスパイク・チュンソフトによるゲーム。「運命とは残酷なものだ。たった一匹のカタツムリが世界を滅ぼすこともある」というバタフライ効果を意識したセリフが登場する[70]。
注釈
出典
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