チャイニーズタイペイ 呼称問題

チャイニーズタイペイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/27 07:58 UTC 版)

呼称問題

「Chinese Taipei」を中国語でどう表記するかは政治的にデリケートな問題である。

チャイニーズタイペイ・オリンピック委員会の名称は、対外名称である英語名称は「Chinese Taipei Olympic Committee」とされるが、国内向けの中国語名称では「台北」の文字を使わず「中華奧林匹克委員會(中華オリンピック委員会)」としている。他の競技統括団体では、オリンピック委員会同様、英語名称に「Chinese Taipei」を使うが、中国語名称を「中華民國○○協會」としている場合が多い。

台湾では自国の代表チームを「中華隊(中華チーム)」と呼ぶのが一般的である。台湾本土化を支持する泛緑系のメディア(自由時報など)では「台湾隊」という呼称を使用している。

中国大陸では、試合会場などの公式な場では「中華台北」を使用する一方で、報道などでは「中台北」と呼ぶべきであるとされた[6]。大陸では同じ文脈で香港を「中国香港」、マカオを「中国澳門」と呼ぶ。公式・対外的な場で中国語での呼称として「中国台北」が使われた場合には、台湾側が抗議を申し入れたことがある。

北京オリンピック直前の2008年7月、台湾側がこの呼称問題により、開会式・大会のボイコットを示唆したこと[7]を受けて、大陸側も譲歩し新華通訊社、華僑向けの中国新聞社(中新社)といった国営通信社をはじめ、大陸メディアの配信記事にも「中華台北」の名称が見られるようになった。北京オリンピック以前、「中華台北」という名称がメディアによって使われたのは、香港などに限られた。ただし香港においても大公報文匯報といった大陸系メディアは「中国台北」を使った。

北京側の「中国台北」への回帰

中華民国外交部は、「Chinese Taipei」を「中華台北」と訳すべきであるとしている。2008年、中華人民共和国国務院台湾事務弁公室(国台弁)のスポークスパーソン楊毅はこれに対し、「中国台北」も「中華台北」も「Chinese Taipei」の中国語訳であり、オリンピック委員会の取り決めは、その範囲外で大陸の組織団体・個人が「中国台北」を使う権利には及ばず、「中国台北」は台湾の矮小化だとの指摘は当たらないと説明した[8]。同時に楊は、北京オリンピック組織委員会の文書などでは、台湾のスポーツ団体・組織を指す場合「中華台北」の表記に統一されているとした。

2016年5月に蔡英文総統が就任してからしばらくの間は「中華台北」の呼称に変更はなかったが、中華人民共和国政府と中華民国政府との間に九二共識について意見の隔たりが出てくると、両者の関係は緊迫し、中国大陸のメディアは再び「中国台北」を使うようになった。

新華社が出した《新華社新聞信息報導中的禁用詞和慎用詞(2016年7月修訂)》(報道における使用禁止用語と要注意用語〈2016年7月修訂〉)の66番目の項目には「国でなくとも参加できる国際機関や経済貿易・文化・スポーツに関する民間の国際組織の中の台湾の組織は『台湾』または『台北』と呼んではならず、『中国台北』『中国台湾』と呼称しなければならない。特殊な事情で『中華台北』を使う場合には事前に外交部と国台辦の指示を仰ぐこと」とある[9]という。

2017年4月、中国中央電視台など中国の官製メディアがスポーツ中継で台湾を「中華台北」でなく「中国台北」と呼ぶようになったことについて、中華民国行政院大陸委員会張小月主任委員は「大陸メディアが一方的にわれわれの名称を(「中国台北」と)矮小化しているのを受け入れることは決してできない。台湾は断じて中国大陸の一部ではない。大陸側に正式に抗議する」と発言した[10]

台湾での状況

蔣介石蔣経国政権時代は、中華民国政府こそが中国全土を代表する正統政府であると主張していた。中国全土を代表するはずの国家が「台湾」を称することはその正統性を脅かすこと(「法理独立」)に繋がる。そのため当時の中華民国には「台湾」や「フォルモサ」という名義・名称は受け入れられなかった。当時中華民国では民間団体であっても全国的なものの名称に「台湾」を使うことはできず、「中華民国」、「中国」または「中華」を使用しなければならなかった。

本省人である李登輝総統が政権基盤を固め始め、「來自台灣的總統(台湾から来た総統)」としてシンガポールを訪問し「務實外交(現実外交)」を展開するようになる1989年3月以降、状況に次第に変化が見られるようになる。

2007年4月、陳水扁総統は、台湾在外ビジネス団体の帰国訪問団との会見で「中華台北(チャイニーズタイペイ)」について「奇妙な名称」とし、オリンピックで台湾の名を使用できないことについて「歴史的な要素があり、また当時もさまざまな現実を考慮してのことだった」としながらも「不公平な待遇」と述べ、台湾への改称(台湾正名運動)に意欲を見せた[11]

2008年4月、馬英九は総統就任を前に中央通訊社とのインタビューで世界保健機関(WHO)加盟問題について、「外交部は『中華台北』を用いるなと言うが、問題は『中華台北』以外の名称で(加盟に)成功したことがあるのか。『中国台北』というさらに受け入れがたい名称のほか、現在『中華台北』より適切な(参加可能な)ものがあるだろうか」と述べ、「中華台北(Chinese Taipei)」について国際社会で受け入れられる「適切な名称」であるとの認識を示し、台湾名義の使用は今後推進しないとの考えを述べた[12]

2018年11月24日、東京オリンピック・パラリンピックにおける選手団名称を「台湾」に変更し、IOCへ申請する是非を問う国民投票英語版中国語版統一地方選挙と併せて行われた。結果、反対票が賛成票を100万票近く上回り、否決された。IOCは投票前に「チャイニーズタイペイ」は1981年の協定で台湾側も合意して決定した名称であり、その内容に反した名称の変更は外的勢力の干渉とみなすとして、名称変更を認めず、変更した場合には権利を停止または剝奪する可能性があると警告していた[13][14]。チャイニーズタイペイ・オリンピック委員会は国民投票を政治行為であると位置付け、(「台湾」への名称変更は)IOCとの協定を破ることになり、オリンピック参加資格が停止される可能性を指摘した。また、オリンピックの独立参加選手団として参加した場合、コーチなどのバックアップを受けられないため不利であるとし、出場資格を守るために断固反対する、と反対投票を呼び掛けた[15]

2021年8月10日、台湾のシンクタンクである台湾制憲基金会中国語版が台湾で実施した世論調査の結果を発表し、東京オリンピック中華民国(台湾)の「国名」を使用できなかったことを「遺憾」とした回答が82.5%だった[16]。台湾は、東京オリンピックでこれまで通り「チャイニーズタイペイ」の名称で参加したが、同調査によると65.1%の人が「台湾」と呼んでおり、「チャイニーズタイペイ」と呼んでいた人は25.7%だった[17]国旗国歌を使用できないことを残念に感じている人は80%以上に上った[17]


注釈

  1. ^ 2020東京オリンピックの開会式では、50音順の入場順で大韓民国の直後、チャイニーズタイペイではなくタイペイ、または台湾(たいわん)の位置となった。

出典

  1. ^ a b 洛桑協議及奧會模式(中華奧林匹克委員會)
  2. ^ 奧會模式(教育部體育署)
  3. ^ 中華奧林匹克委員會--承認協會
  4. ^ 中国同芬兰的关系中華人民共和国外交部
  5. ^ 【中国時報】市民団体と選手対立 「台湾」巡る国民投票で」(琉球新報)
  6. ^ 关于正确使用涉台宣传用语的意见 - ウェイバックマシン(2017年8月21日アーカイブ分)(中共潍坊市委台湾工作办公室 潍坊市人民政府台湾事务办公室
  7. ^ 『台湾週報』2008年7月11日「台湾の北京五輪参加登録名「中華台北」が「中国台北」へと変更されたことに抗議」(2009年3月17日時点のアーカイブ
  8. ^ 国台办:“中国台北”称谓不是矮化台湾(新快报)
  9. ^ 新華社發佈報導禁用詞:「中華民國、台灣政府」通通不准用,「九二共識」不可提「一中各表」(風傳媒 2017年7月20日)
  10. ^ 中國官媒稱台灣「中國台北」 張小月:正式提出抗議台湾『蘋果日報』 2017年4月17日
  11. ^ 『台湾週報』2007年4月24日「陳水扁総統が「台湾」の名で国際社会に進む重要性を強調」(2009年3月17日時点のアーカイブ
  12. ^ 『台湾週報』2008年4月7日「馬英九・次期総統:「中華台北」名義でWHOオブザーバー参加を」(2009年3月17日時点のアーカイブ
  13. ^ IOCが再度書簡「外的勢力の干渉禁じる」 五輪名義めぐる国民投票で/台湾”. 中央社フォーカス台湾. 2020年6月8日閲覧。
  14. ^ NHK NEWS WEB (2018年11月25日). “東京五輪 「台湾」名称で参加申請の住民投票は不成立”. 日本放送協会. オリジナルの2019年12月31日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/nOYl5 2019年12月31日閲覧。 
  15. ^ 「台湾」名義での東京五輪参加めぐる国民投票に反対票を=中華五輪委”. 中央社フォーカス台湾. 2020年6月8日閲覧。
  16. ^ “パリ五輪「台湾」で参加を 世論調査で「国名」なしに不満82%”. 毎日新聞. (2021年8月13日). オリジナルの2021年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210813005705/https://mainichi.jp/articles/20210813/k00/00m/030/023000c 
  17. ^ a b “「私は台湾人」9割、「日本に好感」8割強―台湾世論調査”. Record China. (2021年8月13日). オリジナルの2021年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210813014915/https://www.recordchina.co.jp/b880837-s25-c30-d0052.html 
  18. ^ “NHK和久田麻由子アナ「台湾です」と紹介”. 日刊スポーツ. (2021年7月23日). オリジナルの2021年7月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210725050822/https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202107230001178.html 
  19. ^ a b “中国、米の五輪中継に抗議 「台湾抜き」地図表示で”. 時事通信. (2021年7月25日). オリジナルの2021年7月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210725043111/https://www.jiji.com/jc/article?k=2021072500090 
  20. ^ “台湾、「チ」ではなくタイペイの「タ」で入場 東京五輪開会式”. 毎日新聞. (2021年7月25日). https://mainichi.jp/articles/20210725/k00/00m/030/060000c 2021年7月25日閲覧。 
  21. ^ “环时锐评:睁大眼睛,阻止一些势力借东京奥运会舞台做手脚”. 環球時報. (2021年7月24日). オリジナルの2021年7月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210725140141/https://3w.huanqiu.com/a/de583b/443wCMD4mNy 
  22. ^ Union Cycliste Internationale(2012年12月17日時点のアーカイブ
  23. ^ 2013ミス・インターナショナル世界大会 出場者一覧|ミス・インターナショナル(2014年2月8日時点のアーカイブ
  24. ^ ISO 3166 — Codes for the representation of names of countries and their subdivisions” (英語). ISO. 2018年1月29日閲覧。
  25. ^ Huang Sheng-feng (2015年8月3日). “It’s Time to Rectify Taiwan’s Country Codes”. Thinking Taiwan. 2015年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月9日閲覧。
  26. ^ “台湾がWHOに正式抗議、「中国台湾省」の表記に対し”. AFP通信. (2011年5月17日). https://www.afpbb.com/articles/-/2800701 2015年12月9日閲覧。 
  27. ^ “【解説】台湾はなぜWHOから排除されるのか? 今後の見通しは?”. AFP通信. (2020年5月19日). https://www.afpbb.com/articles/-/3283784 2015年12月9日閲覧。 





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