スピン角運動量 概要

スピン角運動量

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/31 06:28 UTC 版)

概要

「スピン」という名称は、この概念が広まりはじめた当時、粒子の「自転」のようなものと説明されたという歴史的理由による。このように回転するという解釈は現在は支持されていない。現在の標準模型においては電子はじめとする粒子の質量「点状」とされているため、仮に回転していたとしても物体の回転と比較できるものではないし、古典的な解釈を付け加える必要はなく無意味である[2]。ただし、磁気回転効果により、電子のスピンと物体の回転運動とが関連付けられることは肯定されている。

非相対論的な量子力学において、スピン角運動量はそれ以外のオブザーバブルとは振る舞いを異にする為にスピン角運動量を記述するためだけの理論の修正を迫られる。それに対し相対論的量子力学では、例えばディラック方程式の定義それ自身にスピンの概念が織り込まれているなど、より自然な形でスピンが定式化される。

スピン量子数

粒子の運ぶスピン角運動量の大きさをスピン量子数という。

  • 素粒子のスピン量子数は一定であり方向のみ変化する。
  • 荷電粒子のスピン量子数は磁気双極子モーメントに関連付けられる。

スピン量子数による粒子分類

スピン量子数 s は 1/2を単位として扱われることが常であり、半整数 1/2, 3/2, … になる粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)、整数 0, 1, 2, … になる粒子はボース粒子(ボゾン)と区別され、両者の物理的性質は著しく異なる[3](詳細はそれぞれの項目を参照)。

2016年現在知られている範囲において、

  • 素粒子についてはフェルミオンのスピン量子数は全て 1/2 である。
  • 同じくボゾンはヒッグス粒子のみスピン量子数が 0 であり、それ以外は 1 である。
  • 複合粒子のスピン量子数はそれ以外の値も取りうるが、単純に複合粒子を構成する素粒子のスピン量子数の合計値になるわけではない。例えばヘリウム原子を構成する素粒子である電子やクォークはいずれもフェルミオンであり、したがってそのスピン量子数は半整数であるが、ヘリウム原子のスピン量子数は 0 である。

s の値と統計性の間のこのような関係は、相対論的な場の量子論によって説明できる。

歴史

ナトリウムのスペクトルを観測する実験で、磁場においたD線が 2 本に分裂することが発見され(ゼーマン効果)、これは電子がいまだ知られていない 2 値の量子自由度があるためと考え、1925年にウーレンベックゴーズミットは、電子は原子核の周りを公転する軌道角運動量の他に、電子が質点ではなく大きさを持ち、かつ電子自身が自転しているのではないか、という仮説をたてた[4][5]。この仮定では、その自転の角運動量の大きさがであるとし、自転の回転方向が異なるため、公転に伴う角運動量との相互作用でエネルギー準位が2つに分裂したと考えると実験の結果をうまく説明できた。そしてこの自由度を電子のスピン角運動量と呼んだ。

ただし、実際にこの仮定通りスピン角運動量が電子の自転に由来していると考えると、電子が大きさを持ち、かつ光速を超える速度で自転していなければならないことになり、これは特殊相対論と矛盾してしまう。そのため、1925年にラルフ・クローニッヒによって提案されたものの、パウリによって否定されていた。パウリは、自転そのものを考えなければならない古典的な描像を捨て、一般の角運動量 の固有値として半整数の価が許されることに注目し、この半整数の固有値をスピン角運動量とした[6]

その後発展した標準模型においても、電子は大きさ 0 の質点として扱っても実験的に高い精度で矛盾がなく、電子に内部構造があるか(スピン角運動量などの内部自由度に起源があるか)はわかっていない。


出典

  1. ^ スピン角運動量”. 天文学辞典. 公益社団法人 日本天文学会 (2018年3月26日). 2022年8月4日閲覧。
  2. ^ LL, p. 196.
  3. ^ その粒子はボソンですか?フェルミオンですか?”. 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (2012年7月19日). 2022年8月4日閲覧。
  4. ^ Uhlenbeck & Goudsmit 1925.
  5. ^ Uhlenbeck & Goudsmit 1926.
  6. ^ 砂川重信 1991.
  7. ^ H13, p. 344.
  8. ^ a b A07, p. 36.
  9. ^ a b LL, p. 73.
  10. ^ A07, p. 37.
  11. ^ H13, pp. 396, Def 17.1.
  12. ^ H13, p. 383.
  13. ^ H13, p. 384.
  14. ^ a b c A07, p. 50.
  15. ^ H13, pp. 375, Thm 17.10.
  16. ^ H13, p. 368.
  17. ^ H13, p. 369.
  18. ^ a b c H13, pp. 383–384.
  19. ^ a b c A07, pp. 39–40.
  20. ^ a b W16, pp. 31, 73.
  21. ^ a b W16, p. 65.
  22. ^ A07, p. 38.
  23. ^ W16, pp. 28–29.
  24. ^ A07, p. 43.
  25. ^ W16, p. 73.
  26. ^ W16, p. 74.
  27. ^ A07, pp. 50–51, 60.
  28. ^ a b c d e S12, pp. 25–27.
  29. ^ A07, p. 59.
  30. ^ W16, p. 116.
  31. ^ A07, pp. 60–61.

注釈

  1. ^ なおこのページにはではなくと書いてあるが、 が有限次元であるため両者は同一である(同ページDef17.21の直前の記述)。
  2. ^ なお(A07)では内積をと定義しているが、これはパウリ行列で貼られた空間に対してのものなので、これをsu(2)に写すと内積が本節で定義した形になる。
  3. ^ (H13)は射影表現を使って定義しているので、これをスピンのユニタリ表現に読み替える必要がある。






スピン角運動量と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「スピン角運動量」の関連用語

スピン角運動量のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



スピン角運動量のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのスピン角運動量 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS