カンザス州の歴史
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ルイジアナ買収と西方への道
カンザスは1803年のルイジアナ買収の一部としてアメリカ合衆国に編入され、未組織領土となった。1806年、ゼブロン・パイクが領域内を通過し、その地図上に「アメリカ大砂漠」と書き入れた。カンザスに対するこの見方はその後の40年間合衆国の政策を特徴付け、先住民族のための土地として取って置かれることになった。
西への探検
1803年のルイジアナ買収に続いて、ルイス・クラーク探検隊が太平洋に到着する任務を帯びてセントルイスを出発した。1804年、ルイスとクラークは今日のカンザス州カンザスシティにあるカンザス川とミズーリ川の合流点(現在のコーポイント川岸公園と認識されている)で3日間宿営した。カンザス川とミズーリ川の合流点滞在中にフランス人毛皮交易業者と会い、地図を作った。カンザスは短期間ミズーリ準州の一部となった後、1821年に未組織状態に戻った。1821年にはまた、南西部への輸送道路としてカンザスを横切るサンタフェ・トレイルが開通し、ミズーリ州とニューメキシコのサンタフェとを結んだ。
ルイス・クラーク探検隊の後は特に、セントルイスからミズーリ川上流の交易が急成長したので、合衆国政府はこの地域の統治拠点を造ろうと考えた。1827年5月8日、レブンワース野営地、すなわちレブンワース砦(ヘンリー・レブンワースに因んで名付けられた)が、合衆国の西部辺境への旅人を守るためにインディアン領地の直ぐ内側に建設された。ここが将来のカンザス州における初めてのアメリカ白人の恒久的定住地となった。カンザスを横切るサンタフェトレイルの一部は、1840年代に開通したカリフォルニア・トレイルやオレゴン・トレイルを通る移住者に使われた。西方の道は、1860年代に鉄道がその役目を引き受けるまで、重要な商業と軍事の幹線道路として役立った。ユタ、カリフォルニアあるいはオレゴンに行く旅人にとっては、カンザスが重要な中継地点であり、旅装を整える場所だった。ワゴンベッド・スプリング(またはローワー・スプリング、ローワーシマロン・スプリング)は、サンタフェトレイルのシマロン経路で重要な給水場となった。他にもポイント・オブ・ロックスやポーニー・ロックが道沿いの重要な場所となった。
1820年代から1840年代:インディアン準州
1820年代から、この地域(当時はアメリカ大砂漠として知られた)は、アメリカ合衆国政府によってインディアン準州として「恒久的に」取って置かれ、白人による開拓は行えなかった。
インディアン準州を十分に活用するために、合衆国政府はカンザス東部に既に居た先住民族、主にカンザ族とオーセージ族を再移住させ、その土地は東部から移住してくる種族に渡した。1825年6月3日付けの条約で、カンザ族は2千万エーカー (81,000 km2)の土地をアメリカ合衆国に譲渡し、その後カンザス北東部の特別の居留地に制限された[1]。同月、オーセージ族はカンザス南東部の居留地に制限された[2]。
ミズーリ州のシャワノー族(あるいはショーニー族)は、この地域に移住した最初の先住民族だった。1825年11月7日のセントルイスで締結された条約で、アメリカ合衆国は次のように定めた。
- ミズーリ州内のシャワノー族インディアンは、自分達のために、またオハイオ州に住む同族のために、今後ミズーリ州の西部にあるミシシッピ川の西50マイル (80 km)四方に等しい土地で、最近オーセージ族から購入した土地内に移住する[3]。
レナペ族は1829年9月24日の条約でカンザスに移住した。この条約では、「カンザス川とミズーリ川の分岐点にある土地、カンザス川上流はカンザス(インディアン準州)境界まで、ミズーリ川上流はキャンプ・レブンワースまで、またそこから境界を西方に引き、カンザス境界線の北に幅10マイル (16 km)の領域を出口として残す」と表現している[4]。
この時から1830年のインディアン移住法がその実効を表していった。1831年8月30日付けの条約でオタワ族はアメリカ合衆国に土地を譲渡し、カンザス川とその支流にある小さな居留地に移動した[5]。この条約は1832年4月6日に批准された。同年10月24日、アメリカ合衆国政府はキカプー族をカンザスの居留地に移住させた[6]。10月29日、ピアンクショー族とウィー族は、北はシャワノー族、東はミズーリ州西の境界、西はカスカスキア族とピオリア族で区切られる250区画の土地を占有することに同意した[7]。1833年9月21日に合衆国との間に造られた条約で、オトー族はリトルネマハ川南の土地を移譲した[8]。
1836年9月17日までに、ソーク族とフォックス族の連邦は、アメリカ合衆国との条約により、キカプー族の北に移住した[9]。1837年2月11日の条約で、合衆国はミズーリ川南西のオーセージ川地域にポタワトミ族を移動させることに同意した[10]。南西部に選ばれた領域は現在マイアミ郡となっている。
1842年、合衆国とワイアンドット族との間の条約によって、ワイアンドット族はカンザス川とミズーリ川の合流点に移住した(1843年までレナペ族と分け合っていた)[11]。1842年の条約の通常とは異なる条項で35人のワイアンドット族は、ミズーリ川の西にある特定の場所を定めない土地の区画の所有権、フロートを与えられた。1847年、ポタワトミ族は再度移住させられ、1846年にカンザ族から合衆国が譲り受けた土地の東部 576,000エーカー (2,330 km2)を含む地域に移った。この土地は現在のポタワトミ、ワボーンシー、ジャクソンおよびショーニー各郡となっている。
- ^ Kansa treaty http://digital.library.okstate.edu/Kappler/Vol2/treaties/kan0222.htm
- ^ Osage treaty http://digital.library.okstate.edu/kappler/vol2/treaties/osa0217.htm
- ^ Shawanoe treaty http://digital.library.okstate.edu/Kappler/Vol2/treaties/sha0262.htm
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
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- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ The Treaty with the Oto and Missouri Tribes of 1833
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- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ Indian Affairs: Laws and Treaties, Vol. II, Treaties. Compiled and edited by Charles J. Kappler. Washington : Government Printing Office, 1904. (cf. [The treaty with the ...] チェロキー族インディアン、およびアーカンソー準州領域内に現在住む者、ミシシッピ川より東の州にその友人や兄弟が住む者、さらに西部の兄弟と一緒になりたいと願う者に、恒久的な家を与える。これは合衆国の最も厳粛な保障のもとにあり、「永久に彼等の」ものであり、有り続ける。この家は将来の如何なる時にも、その周りに境界を延ばして邪魔をしたり、準州または州の司法権を及ぼしたり、あるいは現存する準州または州の境界を如何なる方法でも拡張して圧迫されることは決してない。)
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ INDIAN AFFAIRS: LAWS AND TREATIES. Vol. 2, Treaties
- ^ William G. Cutler's History of the State of Kansas. State History Part 21, Indian Troubles in Kansas (1864 - 1870).
- ^ Charles William Sloan, Jr., ""Kansas Battles the Invisible Empire: The Legal Ouster of the KKK From Kansas, 1922-1927," Kansas Historical Quarterly Fall, 1974 (Vol. 40, No. 3), pp 393-409] (ed. explains in detail how the KKK worked in Kansas.)
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