アラビア語の音韻
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/16 01:51 UTC 版)
現代標準アラビア語には28の子音音素があり、「強調のある」(咽頭化もしくは軟口蓋音化した)子音と強調のない子音との間にコントラストがある。母音音素は3つある。アラビア文字28文字は28の子音に対応するが、8世紀までにはアリフはもはや声門閉鎖音ではなく、長い/aː/を表すようになっていた。結果として、ダイアクリティカルマークのハムザがこの音を表すために導入された[要出典]。さらに、これらの音素のいくつかは多くの現代方言で融合し、また借用や音素分裂を通じて新しい音素も加わってきている。
母音
3つの短母音、3つの長母音、2つの二重母音(短母音/a/に、半母音の/j/と/w/が結合)がある。同じ語の中で隣接する子音によって異音が部分的に条件付けられる。一般的には、例えば/a/と/aː/は――
- /r/、/x/、/ɣ/、/q/もしくは強調子音(咽頭化子音の/sˤ/、/dˤ/、/tˤ/、/ðˤ/、/lˤ/)と隣接する時は後舌化して[ɑ]となる[3]。
- 語の境界の前では[ɐ]となる[3] 。
- 以下の環境では前舌化して[æ]となる[4]――
しかしながら、母音の後舌化を支配する実際の規則はこれより遥かに複雑なもので、現代標準アラビア語として合意された標準としてはあまり確立されておらず、何が「威信のある」形を構成するのかに関しては矛盾する意見もしばしば見られる。非常に堪能な現代標準アラビア語の話者であってさえも母音の後舌化規則は自分の母語である方言のものを持ち込むことがしばしばある[5]。
よって、例えば、カイロ出身者のアラビア語では強調子音が語の境界の間の全ての母音に影響するが、サウジ出身の話者の中には強調子音に隣接する母音のみで強調する者もいる[6]。一部の話者(特にレバント人)には左方向と右方向とで母音後舌化の広がりに非対称性が見られる[6][7]。
短母音 | 長母音 | |||
---|---|---|---|---|
i | عـِد /ʕidd/ | 約束 | عيد /ʕiːd/ | 祝宴 |
u | عـُد /ʕudd/ | 戻れ! | عود /ʕuːd/ | リュート |
a | عـَد /ʕadd/ | 数えた | عاد /ʕaːd/ | 戻って来た |
aj | عين /ʕajn/ | 目 | ||
aw | عود /ʕawd/ | 帰還 |
定着した借用語や外国人名では/o/、/oː/、/e/、/eː/も出現する[9]。例えば كوكاكولا /koːkaˈkoːla/ ('Coca-Cola')、ليمون /lajˈmoːn/、/liˈmoːn/ ('lemon')、شوكولاتة /ʃokoˈlaːta/ ('chocolate')、دكتور /dukˈtoːr/、/dokˈtoːr/ ('doctor')、جون /dʒon/、/ʒoːn/ ('John')、توم /tom/ ('Tom')、بلجيكا /belˈdʒiːka/、/belˈʒiːka/ ('Belgium')、سكرتير /sekreˈteːr/ ('secretary')など。外来語ではその語形が短母音を表すのには利用できる通常のガイドラインに適合しないのでしばしば自由な位置に長母音が現れる[10]。外来語での短母音/e/と/o/については、通常のアラビア語と同様に、(語頭以外では)文字としては書き表されないか、長母音の文字ي(/e/)もしくはو(/o/)が用いられる場合がある。يとوは長母音/eː/と/oː/を表す時には必ず用いられる。
子音
最も正統な方式においてでさえも、発音は話者のバックグラウンドによって違いがある[11]。とは言え、28という子音の数およびその大部分の音声的な性質はアラビア語を話す地域の間で広く規則性を保っている。アラビア語は口蓋垂音、咽頭音、咽頭化(強調)音にとりわけ富んでいる。強調舌頂音(/sˤ/、/dˤ/、/tˤ/、/ðˤ/)は隣接する強調のない舌頂音にも強調の同化を引き起こす[要出典]。
唇音 | 強調なし | 強調音1 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | 咽頭音2 | 声門音 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
歯音 | 歯茎音 | 歯音 | 歯茎音 | ||||||||
鼻音 | م m | ن n | |||||||||
閉鎖音 | 無声音 | ت t | ط tˤ | ك k | ق q | ء ʔ | |||||
有声音 | ب b | د d | ض dˤ | ج dʒ3 | |||||||
摩擦音 | 無声音 | ف f | ث θ | س s | ص sˤ | ش ʃ | خ x ~ χ4 | ح ħ | ه h | ||
有声音 | ذ ð | ز z | ظ ðˤ | غ ɣ ~ ʁ4 | ع ʕ | ||||||
ふるえ音 | ر r | ||||||||||
接近音 | ل l ~ lˤ5 | ي j | و w |
- 強調子音は舌背が咽頭に接近した状態で発音される(咽頭化参照)。/q/、/ħ/、/ʕ/ はそれぞれ/k/、/h/、/ʔ/の強調されたものと考えることができる[12]。
- アラビア語での有声咽頭摩擦音という表現は不正確であり、アラビア語の各変種は咽頭化した声門閉鎖音([ʔˤ])を持つのであると、Thelwall (1990)は異論を唱えている[13] 。/ħ/と/ʕ/の喉頭蓋音化も報告されている[14]。
- 一部の話者はج (/dʒ/) を[ɡ]と発音する。これはエジプトと南イエメンの方言で特に顕著である[15]。北アフリカの多くの地域およびレバントでは[ʒ]と、ペルシャ湾沿岸の一部地域では[j]と発音する。古典アラビア語ではこれは[ɟ] もしくは[ɡʲ]であった。/ɡ/を含む外来語はج(エジプト綴り)、غ、كもしくはペルシア語文字のگを用いて表される場合がある。例えば、'golf'はجولفともغولفとも(قولفやگولفとさえも)綴ることができる[10]。
- 古典期の口蓋垂摩擦音は多くの方言で軟口蓋音もしくは後部軟口蓋音[訳語疑問点]となった[16]。
- 標準アラビア語の発音の大部分では、音素としての/lˤ/は少数の借用語にのみ出現する。これは神の名すなわちアッラーフالله /ʔalˤˈlˤaːh/にも出現する[15]。ただし長音または短音の/i/の後で、強調音でもない時は除く。بسم الله bismi l-lāh [bismilˈlaːh] (「神の名において」)[17]。しかしながら、イラク方言など一部の方言では/lˤ/はより一般的であり、口蓋垂音がある種の環境において/l/の軟口蓋音化した周辺段階を持つ[訳語疑問点]。/lˤ/はまた、そのような方言に影響された標準アラビア語でも(カイロでのように、時として/rˤ/、/bˤ/、/mˤ/などと並んで)より一般的に音素としての地位を帯びるが、いずれにしても重要でない音素であることに変わりはない。さらに、/lˤ/はまた強調子音の環境において(/i/を挟まない場合に)/l/の異音として出現する[18]。
外国語の音の/p/と/v/は通常それぞれب /b/とف /f/に書き換えられる。一部の語では、これらは元の言語と同じように/p/と/v/として発音される。例えばباكستان or پاکستان /pakistaːn/ 「パキスタン」、فيروس or ﭬيروس /viːrus, vajrus/ 「ウイルス」など。時折、(3つの点のある)ペルシア語の文字ﭖ /p/ と ﭪ /v/ﭪ[要出典]がこの目的に用いられる。これらの文字は標準的なキーボードには存在しないので、単にب /b/とف /f/とも書かれ、例えばنوفمبر と نوڤمبر/nuːfambar/,/novambar/ または /novembir/ November、كاپريس と كابريس /kaː'priːs/ capriceの両方が用いられる[10][19]。これらの音の使用は重要なことではないと考えられており、アラブ人はこうした語をどちらでも発音する。加えて、多くの借用語はアラビア化された。
長子音は短子音と全く同じ発音であるが、長く続く。アラビア語では、長子音は"mushaddadah"(強化された)と言うが、実際には強く発音するわけではなく、ただ長く発音する。重複子音と休止の間には、挿入音の[ə]が発生する[8]。
- ^ Kirchhoff & Vergyri (2005:38)
- ^ Kirchhoff & Vergyri (2005:38-39)
- ^ a b Thelwall (1990:39)
- ^ Holes (2004:60)
- ^ Abd-El-Jawad (1987:361)
- ^ a b Watson (1999:290)
- ^ Davis (1995:466)
- ^ a b c d Thelwall (1990:38)
- ^ a b Elementary Modern Standard Arabic: Volume 1, by Peter F. Abboud (Editor), Ernest N. McCarus (Editor)
- ^ a b c Teach Yourself Arabic, by Jack Smart (Author), Frances Altorfer (Author)
- ^ Holes (2004:58)
- ^ Watson (2002:44)
- ^ Thelwall cites Gairdner (1925), Al Ani (1970), and Käster (1981)
- ^ Ladefoged & Maddieson (1996:167-168)
- ^ a b c Watson (2002:16)
- ^ Watson (2002:18)
- ^ Holes (2004:95)
- ^ Ferguson (1956:449)
- ^ Dictionary of Modern Written Arabic by Hans Wehr
- ^ a b Watson (2002:22)
- ^ a b c Watson (2002:14)
- ^ Watson (2002:60-62); サヌアとカイロの方言を、それぞれこの音素を持つものと持たないものの例として挙げている。
- ^ a b Watson (2002:23)
- ^ Watson (2002:21)
- ^ Watson (2002:40)
- ^ Lipinski (1997:124)
- ^ Watson (2002:5, 15-16)
- ^ Watson (2002:2)
- ^ a b Watson (2002:2)
- 1 アラビア語の音韻とは
- 2 アラビア語の音韻の概要
- 3 地方差
- 4 分布
- 5 参考文献
- 6 関連項目
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