golden jubileeとは? わかりやすく解説

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ゴールデン・ジュビリー

(golden jubilee から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/01 22:03 UTC 版)

ゴールデン・ジュビリー: golden jubilee)とは、重要な出来事の50周年記念日のこと[1]。また、それを祝賀して開催される祝典[1]。英語圏での呼び名だが、50年の節目の祝典は世界各地で行われる。

イギリスと英連邦王国

イギリス英連邦王国では、君主の治世50年を記念して、ゴールデン・ジュビリーの祝典が開催された。そのうち国王ジョージ3世は、実際に即位50周年となる1810年に先立ち、1809年10月25日に祝賀された。

ヴィクトリア女王

1887年にイギリスと大英帝国ヴィクトリア女王のゴールデン・ジュビリーを祝した。ヴィクトリア女王は1887年6月20日に即位50周年を迎え、50名のヨーロッパの王族を招いて祝宴を催した。このとき女王が気付くことはできなかったのだが、感謝の礼拝に臨席中の女王をウェストミンスター寺院ごと吹き飛ばすというアイルランドの共和主義者らによる暗殺計画 (Jubilee Plotがあった。当時、ヴィクトリア女王は非常に人気のある君主であった。

女王エリザベス2世

1952年に即位した女王エリザベス2世は、在位50年記念となる2002年にゴールデン・ジュビリーを祝賀された。

タイ王国

タイでは、国王の在位50年を祝う式典があった。タイの言葉では、カンチャナピセーク(กาญจนาภิเษก)という。タイの歴史において初めて挙行されたのは、プーミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世)の在位50年記念式典であった。1946年に王位に就いた国王ラーマ9世は1996年6月9日に在位50年を記念して祝賀された。タイの君主として、その在位期間は歴代最長であった。

世界最大の切子面付きのダイヤモンド「ザ・ゴールデン・ジュビリー」がタイの実業家に購入され、国王の戴冠50周年記念として献上された[2]。現在、このダイヤモンドはタイ王室が装飾品として所有している。

1996年にバンハーン・シラパアーチャー首相とタイ国民は国王の即位50周年を数日にわたって盛大に祝賀した。

中国

  • 前漢武帝(在位: 紀元前141年 - 紀元前87年、紀元前91年に在位50年を記念)
  • 康熙帝(在位: 1661年 - 1722年、1711年に在位50年を記念)
  • 清の乾隆帝(在位: 1735年 - 1796年、1785年に在位50年を記念)

韓国

日本

日本では、「御在位五十年記念」と称して、天皇の在位50年を祝した。唯一の例は1976年(昭和51年)11月10日に御在位五十年記念式典が挙行された昭和天皇である。昭和天皇の御在位五十年記念事業の一環として、国営昭和記念公園が開設された。

シンガポール

建国50周年記念を表すSingapore50のロゴ
  • 2015年にマレーシアからの独立50周年を記念して、Singapore50が発議された。「SG50」公式ロゴは建国50周年の祝賀を表している[3]。同年のナショナル・デイ・パレード(建国記念日の祝典)はMajulah Singapura - Our Golden Jubilee(「進めシンガポール - 私たちのゴールデン・ジュビリー」)と題された[4]

その他の国々

出典

関連項目


ザ・ゴールデン・ジュビリー

(golden jubilee から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/17 02:45 UTC 版)

ザ・ゴールデン・ジュビリー(The Golden Jubilee Diamond)は世界最大の研磨済みダイヤモンド。545.67カラット(109.13g) の重量がある。原石は南アフリカ産出で755カラット(151g)あり、ユダヤ人宝石研磨師ガブリエル・トルコフスキーによってカットされた。色はオレンジがかった濃いブラウンでカラーグレードはファンシーイエローブラウン。カットはファイアーローズクッションカットと呼ばれる。タイ国王が所有している。

産出からカットまで

原石は1985年デビアス社の持つ南アフリカのプレミア鉱山(2003年、カリナン鉱山に名称変更)で産出した。プレミア鉱山ではほかにカリナンテーラー・バートンセンティナリー・ダイヤモンドなど有名なダイヤモンドを産出している。しかし、ゴールデン・ジュビリーの原石の「名もない褐色の石」は濃い色を持っていたため、醜いアヒルの子のように扱われていた。

デビアス社はセンティナリー・ダイヤモンドのカットを依頼していたギャビ・トルコフスキーにこの石を提供した。それは、センティナリー・ダイヤモンドのために、ギャビ・トルコフスキーが考案した新しいカッティングのための工具と技術の試験用とするためであった。それらの技術はこれまで試されたことがなく、この石が失敗しても失うものがないということで実験台として最適であると考えられたためであった。

カットとその後

カットは1988年までに行われ、「名も無い褐色の石」からそれまで世界最大だったカリナンIよりも15.37カラット(3.07g)も重いファンシーイエローブラウンの美しいダイヤモンドが得られたことが驚かれた。そして名の無いファンシーカラーの大きなダイヤモンドはセンティナリー・ダイヤモンドと共にデビアス社によって紹介されることで、次第に世に知られるようになった。2012年に貸出もされている。

ゴールデン・ジュビリーはその後、1997年タイ国王のラーマ9世の治世50周年を記念して、タイ王室に献上された。(50周年を英語でゴールデン・ジュビリーという)。




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