オーヴィル
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/11 20:30 UTC 版)
| オーヴィル | |
|---|---|
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クリフトン・トムソン原画によるエングレービング。
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1799年 |
| 死没 | 1826年11月 |
| 父 | Beningbrough |
| 母 | Evelina |
| 生国 | |
| 生産者 | 第4代フィッツウィリアム伯 |
| 馬主 | 第4代フィッツウィリアム伯 →ウェールズ公ジョージ王子 |
| 調教師 | クリストファー・スケイフ |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 21勝 |
| 勝ち鞍 | 英セントレジャー (1802) |
| 繁殖成績 | |
| タイトル | 英愛首位種牡馬 (1817, 1823) |
オーヴィル (Orville) とは、19世紀初頭に活躍したイギリスの競走馬である。1802年のセントレジャーステークスに勝利したほか、のちに種牡馬としても成功した。
経歴
1801年から1808年の7年に渡って競走生活を送った。多数の競走に勝利し、ステイヴリー、クイズ、ペリスなどのクラシックホースを倒した経験がある強い馬であった。ただ、常に勝っていたわけではなく、エレノア(ダービー、オークス)には負けている。「彼の肺と勇気は尽きることがない」と言われ、6歳時のことだが、午前中にハプハザード (Haphazard) との4マイルのトライアルを走った後、午後にウォルトンとの接戦を制したこともあった。また、騎手によれば「彼にとっては、全ての距離が得意だった。だが、御し難い馬であった。」という。
種牡馬としては、最初ヨークで、後にニューマーケットで供用された。1817年と1823年に首位種牡馬となる成功を収め、都合5頭のクラシックホース(1812年のダービー馬オクタヴィウス、1814年の1000ギニー馬シャーロット、1817年のセントレジャー馬イボア、1823年のダービー馬エミリアス、1828年の1000ギニー馬ゾーイ)を送り出した。この他にエレノアとの仔で種牡馬として成功したミューリー (Muley) がいる。
血統表
| Orvilleの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
| 父系 | キングファーガス系(エクリプス系) |
[§ 2] | ||
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父
Beningbrough 1791 鹿 |
父の父
King Fergus1775 栗 |
Eclipse 1764 栗 |
Marske | |
| Spilletta | ||||
| Polly 1756 栗 |
Othello | |||
| Fanny | ||||
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父の母
Fenwick's Herod Mare1780 鹿 |
Herod 1758 鹿 |
Tartar | ||
| Cypron | ||||
| Pyrrha 1771 鹿 |
Matchem | |||
| Duchess | ||||
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母
Evelina 1791 黒鹿 |
Highflyer 1774 鹿 |
Herod 1758 鹿 |
Tartar | |
| Cypron | ||||
| Rachel 1763 鹿 |
Blank | |||
| Regulus Mare | ||||
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母の母
Termagant1772 |
Tantrum 1760 |
Cripple | ||
| Hampton Court Childers Mare | ||||
| Cantatrice 1767 |
Sampson | |||
| Regulus Mare | ||||
| 母系(F-No.) | 8号族(FN:8-a) | [§ 3] | ||
| 5代内の近親交配 | Herod: S3×M3, Tartar: S4×M4×S5, Blacklegs[Hutton's] Mare: S5×M5, Regulus: S5×M5×M5, Miss Slamerkin: S5×S5, Blaze: S5×M5×M5, Godolphin Arabian: M5×M5 | [§ 4] | ||
| 出典 | ||||
脚注
- ^ a b c “5代血統表|血統情報|Orville(GB)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2025年5月6日閲覧。
- ^ a b c “Orvilleの血統表 | 競走馬データ”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ. 2025年5月6日閲覧。
参考文献
外部リンク
- Orvilleのページへのリンク