George Bridgetowerとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > George Bridgetowerの意味・解説 

ジョージ・ブリッジタワー

(George Bridgetower から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/31 14:33 UTC 版)

ジョージ・ブリッジタワー
George Bridgetower
1800年
基本情報
出生名 イェロニモ・イッポリト・デ・アウグスト(Hieronimo Hyppolito de Augusto)
生誕 1778年または1780年
出身地 ポーランド・リトアニア共和国
ビェルスコ=ビャワ
死没 1860年2月29日
イギリス
イングランド ペッカム
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン

ジョージ・オーガスタス・ポルグリーン・ブリッジタワーGeorge Augustus Polgreen Bridgetower, 1778年または1780年1860年2月29日)は、ポーランド出身のイングランドヴァイオリニスト黒人の父親と、おそらくドイツ人の母親との間に産まれた。

略歴

生い立ち

ポーランドビェルスコ=ビャワに生まれ、洗礼名簿に「1778年10月11日生まれ、イェロニモ・イッポリト・デ・アウグスト(Hieronimo Hyppolito de Augusto)[1]」と登録される。ビャワはブリッジタワーの父親がヒェロニム・ヴィンツェンティ・ラジヴィウ公によって使用人として雇われていた土地であった。

父親のジョン・フレデリック・ブリッジタワー(John Frederick Bridgetower)はおそらく西インド諸島(たぶんバルバドス)の出身で、ハンガリー貴族のエステルハージ家召使いであったにもかかわらず、アフリカの王家の出を自称していた。母親はシュヴァーベンの出身で、おそらくゾフィー・フォン・トゥルン・ウント・タクシス(ラジヴィウ公の妻)の屋敷の住み込み家政婦であった。

ブリッジタワーは少年時代にかなりの楽才を示しており、1789年にはパリロンドン、バス、ブリストルヴァイオリンの演奏会を開いて成功を収めた。1791年に当時の英国王太子(後のジョージ4世)が興味を示して、ブリッジタワーの継続的な音楽教育を監督した。王太子の管理により、ブリッジタワーの指導は、王立歌劇場の指揮者フランソワ=イポリト・バルテレモン英語版フランス語版や、クロアチア系イタリア人作曲家ジョヴァンニ・マネ・ジョルノヴィキ(イヴァン・マネ・ヤルノヴィチ)英語版イタリア語版セント・ポール大聖堂オルガニストで王立音楽院教授のトマス・アトウッドの3者に委ねられた。ブリッジタワーは1789年から1799年にかけて、コヴェント・ガーデン劇場ドルリー・レーン王立劇場英語版ヘイマーケット王立劇場英語版といった、ロンドンの主立った劇場でおよそ50回の演奏会を行なった。また、王太子によって自分の宮廷オーケストラの団員に召抱えられ、ブライトンやロンドンで演奏した。

外遊:ベートーヴェンとの出逢い

1802年に賜暇を認められ、母親と兄弟をドレスデンに訪ねて同地で演奏会を開く。その後1803年ウィーンに行き、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと共演した。感銘を受けたベートーヴェンは自身の偉大な《ヴァイオリン・ソナタ第9番》作品47をブリッジタワーに献呈したが、「大狂人かつ混血作曲家たる混血ブリッジタワーのために作曲された混血ソナタ[注釈 1]」という、親しみからとはいえ茶化すような献辞がついていた。ようやく完成に漕ぎ着けると、1803年5月24日アウガルテンにおいて、作曲者自身のピアノとブリッジタワーのヴァイオリンによって公開初演が行われた。ブリッジタワーは、ベートーヴェンの写譜した第2楽章のパート譜に目を通して、肩をすくめた。そしてパート譜にやや手を入れたが、ベートーヴェンは気前良くそれを受け入れ、「もう一度だ、相棒!(Noch einmal, mein lieber Bursch!)」と飛び上がって言った。ベートーヴェンはブリッジタワーに音叉を贈っており、これは現在、大英図書館に保管されている。間もなく二人の関係は終わった。ブリッジタワーがある女性を侮辱したところ、その女性はベートーヴェンの友人だったのである。ベートーヴェンはブリッジタワーとの縁を完全に切って、かの新作ソナタを、別のヴァイオリンのヴィルトゥオーゾロドルフ・クロイツェルに改めて献呈することにしたが、クロイツェルは「もう誰かが弾いているし、それに難しすぎる」と言って、この作品を決して演奏しなかった。かくてベートーヴェンの《ヴァイオリン・ソナタ第9番》は、「クロイツェル・ソナタ」の愛称で親しまれるようになった。ベートーヴェンとブリッジタワーの関係は、ピュリッツァー賞を受賞した女性詩人リタ・ドーヴ英語版によって戯曲化され、『混血のソナタ(Sonata Mulattica)』として出版された (W. W. Norton, 2009) 。

帰国

イングランドに帰国すると、1816年にメアリ・リーチ・リーク(Mary Leech Leeke)と結婚して、教師や演奏家として音楽活動を続けた。1807年10月4日に王立音楽家協会の会員に選出され、1811年6月にはケンブリッジ大学より音楽学士号を授与されている。ロイヤル・フィルハーモニー協会で演奏を続けながらも、その後も外国を訪れた。娘の住むイタリアをことのほか訪れている。1860年にロンドン南部のペッカム英語版にて他界し、亡骸はケンサル・グリーン墓地英語版に埋葬された。ブリッジタワーの1000ポンドもの遺産は、亡き妻の姉妹に相続された。ブリッジタワーの住居は1970年に取り壊されていて現存しない。

作品

  • ピアノ曲《Diatonica armonica》(1812年出版、ロンドン)
  • 中声とピアノのためのバラード《ヘンリー(Henry: A ballad)》(ロンドン出版)

脚注

注釈

  1. ^ Sonata mulattica composta per il mulatto Brischdauer [Bridgetower], gran pazzo e compositore mulattico(英訳:Mixed-race sonata composed for the mixed-race Bridgetower, great madman and mixed-race composer)

出典

参考資料・外部リンク


「George Bridgetower」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「George Bridgetower」の関連用語

George Bridgetowerのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



George Bridgetowerのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのジョージ・ブリッジタワー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2026 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2026 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2026 GRAS Group, Inc.RSS