Dブレーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/30 01:56 UTC 版)
Dブレーンとは弦理論において、特殊な条件下で存在するとされる物体である。
弦理論におけるブレーン(membrane=膜)は、弦なども含む、広がりを持った物理的対象全般を表す語である。Dブレーンもまた弦と同様に、伸縮や振動などの運動を行う。通常、Dブレーンは弦に比べて非常に大きいものとして記述されるが、素粒子サイズのものを考えることも可能である。例えばハドロン物理学をブレーン上の物理現象として記述するホログラフィックQCDでは、陽子もまた微小なDブレーンとして記述される。[1]
DブレーンのDは、後述するディリクレ境界条件(Dirichlet)に由来する。DブレーンはDai、Leighおよびジョセフ・ポルチンスキー、そしてそれとは独立にHoravaによって1989年に発見された。
Dブレーンの次元
点状の素粒子は、時間方向にのみ広がりを持つ(空間は0次元)物体と考えることができるが、これを0+1次元のブレーンとする。弦は1+1次元のブレーンである。Dブレーンについては、様々な次元の広がりを持ったものが考えられている。それぞれDの後に数字を付けて、点状のDブレーンをD0ブレーン(D粒子)、線状のDブレーンをD1ブレーン(時に「Dストリング」と呼ばれる)、平面状のDブレーンをD2ブレーンといったように表す。これらに加えて、時間方向にも単純な広がりを持たない0+0次元の、D(-1)ブレーン(Dインスタントン)がある。
26次元時空の理論であるボソン弦理論ならば、D(-1)からD25までのブレーンが考えられるが、超対称性を持たない理論では、これらは全て不安定である。超弦理論では超対称性チャージの保存則によって、特定の次元のDブレーンが安定して存在することができる。例えば、タイプIIA超弦理論には空間次元が偶数、タイプIIB超弦理論には空間次元が奇数のDブレーンが存在する。
ディリクレ境界条件とDブレーン
Dブレーンの最初の解釈は、「弦が端点を持つことができる曲面」というものであった。
閉弦すなわち輪になった弦を考える際とは異なり、開いた弦は端の点に関して特別な扱いが必要である。最小作用の原理を満たすためには、端点でエネルギーが保存するという条件(ノイマン境界条件、自由端)を課すか、あるいは端点を固定(ディリクレ境界条件、固定端)しなければならない。そのうちディリクレ境界条件の弦は、単体ではエネルギー保存の条件を満たさない。保存するのは弦と固定した物体とのエネルギーの和である。よってディリクレ境界条件を考える際には、どうしても固定する先の物体が必要になる。長らく主流だったのは、弦理論にはこのような物体は存在せず、ノイマン境界条件の弦だけを考えればよいというシナリオである。しかし後に提案されたT双対という操作には2つの境界条件を入れ替えるという働きがあり、双対の理論ではどうしてもディリクレ境界条件の弦を考えなければならなくなった。
ボソン弦理論では26、超弦理論では10の次元があるが、その各々について2つのうちいずれかの条件を選ぶ必要がある。空間のp次元がノイマン境界条件を満たすなら、弦の端点はp次元の超曲面の中だけで自由端として運動することになり、p次元空間内での物理が見掛け上出現する。この超曲面がDpブレーンの一つの解釈である。この解釈ではブレーン自体が運動エネルギーを持つことができるのか明らかでないが、開弦のスペクトルを調べるとDブレーンの「変形」に相当するモードを含んでいて、これによりDブレーンが力学的な対象であることが分かる。
Dブレーンの正体
全ての素粒子は量子弦が特定の振動をしながら飛び回る描像に対応すると期待されるが、Dブレーンも何らかの方法で弦によって構成されているのでは、と問うのは自然である。ある視点ではそれは正しい。弦の振動が許す粒子スペクトラムの中にはタキオンという、虚数質量を持つなど奇妙な性質を持つことで知られる粒子が含まれる。「全空間を満たす」Dブレーン、すなわち空間と同じ次元を持ち無限に広がるDブレーン(ボソン弦理論ではD25ブレーン)を考える。このブレーンに端点を持つ弦は、ブレーンの体積上に「住んでいる」タキオン場を導く。D1ブレーン(Dストリング)やD2ブレーンといった低次元のブレーンは、全空間ブレーン上に住むタキオンの、光子が無数に集まってレーザー光線になる様を連想させるような、コヒーレントな集団と考えることができる。多くの弦理論の研究はこの点を無視し、単一の対象として扱う。(熱力学のクラスルームでの議論にはよく、気体原子がシリンダの中のピストンのような大きな物体と相互作用する様が登場する。もちろん物理学者はピストンが原子でできていることを知っているが、多くの問題では余計な複雑さを考慮する必要は全くなく、それを一つの巨視的な物体としてモデル化する。Dブレーンの場合も同様である)。
タキオン凝縮はこの分野での中心的なコンセプトである。en:Ashoke SenはType IIB ストリング理論において、タキオン凝縮により(ヌヴォ-シュワルツの3-形式流を抜きにすれば)任意のDブレーンの配置が相当数のD9および反D9ブレーンから得られる、ということについて議論し、エドワード・ウィッテンは、時空間におけるK理論でそれらが分類できるということを示した。
この議論に関しては異論もある。例えば超弦理論の背後にM理論があるとすると、IIAストリング理論のD4ブレーンはM理論の11次元のうち1次元をコンパクト化する際、M5ブレーンが巻き取られて次元が一つ減ったもので、M2ブレーンのコンパクト化である開弦と同様に究極の対象の一つであるとも考えられる。しかしM5ブレーンが究極の対象であるかどうかも現時点でははっきりしていない。
最終的にはDブレーンの正体は、弦理論を非摂動論的に定義する過程で明らかになるとされている。
ブレーンワールド宇宙論
Dブレーンは宇宙論に対しある事柄を示唆する。弦理論は宇宙が我々の期待よりも多くの次元を持つことを示す—ボソン弦理論では26、超弦理論では10—ので、我々は余剰の次元が見えない理由を見つけなくてはならない。一つの可能性は、目に見える宇宙が実はとても大きな、3つの空間次元に広がるDブレーンであるということである。物質的なもの、すなわち開弦からできているものは、Dブレーン上に拘束され、「現実世界と垂直」に動いてブレーンの外を探索するようなことはできない。このシナリオはブレーン宇宙論と呼ばれる。興味深いことに、重力は開弦によっていない。重力を媒介する重力子は閉弦の振動である。閉弦はDブレーンに拘束されないので、重力的な効果はブレーンに垂直な角度の余剰次元に依存できる。(これはかなりシンプルなブレーンワールドモデルである。より最近、2005年の詳しい研究による革新はより複雑であるが、この議論はそのうちいくらかの要素を反映している)
ブレーン上での開弦の物理
Dブレーンを配置することによって、系に存在できる弦の状態を制限することができる。例えば、平行な二枚のD2ブレーンがあるとすると、考えることができるのはブレーン1からブレーン2に向かって伸びる弦などである。(大部分の理論で、弦というのは向き付けられた物理的対象である。それぞれの弦は、その長さに沿う方向に向きを定義する「矢印」を持つ)この状況で許される開弦には二つのカテゴリ、「セクタ」がある。ブレーン1に始点、ブレーン2に終点を持つものと、ブレーン2に始点、ブレーン1に終点を持つものである。記号的には、
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