1982年-1986年: 解散とソロ活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/02 14:08 UTC 版)
「DAF (バンド)」の記事における「1982年-1986年: 解散とソロ活動」の解説
アルバム『Für Immer』のリリース後、DAFはいったん解散。ゲアルとデルガド=ロペスはそれぞれ、『Night Full Of Tension』(ロベルト・ゲアル)、英語詞による『Mistress』(ガビ・デルガド=ロペス、1983年)などをソロ・アルバムとして発表する。 ゲアルは、『Night Full Of Tension』で機材を駆使するインストゥルメンタリストの一面に加えて、はじめてボーカルを披露するなどしたが、結果できあがったのは、これといって取り立てるところのないシンセポップのアルバムであった。1981年のユーリズミックスのアルバム『In The Garden』へのゲアルの参加への見返りとして、ユーリズミックスのアニー・レノックスが参加したこのアルバムは、ミュート・レコードから発表された。 デルガド=ロペスはシーケンサーからしばし離れ、『Mistress』では、ファンクやジャズ色を押し出した。著名なスタジオ・ミュージシャンも多数参加した、6曲収録のこのアルバムはヴァージン・レコードから発表された。
※この「1982年-1986年: 解散とソロ活動」の解説は、「DAF (バンド)」の解説の一部です。
「1982年-1986年: 解散とソロ活動」を含む「DAF (バンド)」の記事については、「DAF (バンド)」の概要を参照ください。
- 1982年-1986年: 解散とソロ活動のページへのリンク