17世紀以後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/10 09:49 UTC 版)
1703年、ピョートル大帝は、ラドガ湖岸により近い位置に、新しい街であるノヴァヤ・ラドガ(Novaya Ladoga, 「新しいラドガ」)を建てた。古代の城塞と街は次第に衰退し、新しいラドガとの区別のため「古いラドガ」、スターラヤ・ラドガと呼ばれるようになった。 要塞内には上記の2つの教会のほか、12世紀半ばの聖クリメント教会の廃墟や、17世紀に建設され聖ニコライに奉献された修道院などもある。
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