黄巣の乱まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/15 22:12 UTC 版)
三鎮の旧武将が再び藩鎮の実権を握り、藩帥の官職を求めると朝廷はやむなく認めた。これに呼応して他藩鎮でも再び遊離の動きが出たが、朝廷は断固たる態度で臨み許さなかった。 河朔型藩鎮による動乱は度々起きたが、この内朝廷に対する反乱は20%程度で、残る8割は兵士の暴動・将校による策動・部下による藩帥の殺害であった。これらは驕兵悍将と呼ばれ、十分な恩賞が約束されねば戦おうとせず、藩帥も驕兵悍将の意を迎えるのに苦慮した。
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