高架鉄道の発達
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:42 UTC 版)
「ニューヨーク市地下鉄」の記事における「高架鉄道の発達」の解説
ビーチの試みが失敗に終わった一方、地下鉄開業以前のニューヨークでは高架鉄道が発達した。最初の高架鉄道は技師のチャールズ・ハーヴェイがグリニッジ・ストリートに建設したウェストサイド・アンド・ヨンカーズ・パテント鉄道(West Side and Yonkers Patent Railway,後のIRT9番街線)である。この路線は全長4分の1マイルの高架式ケーブルカーで、ビーチの地下鉄同様デモンストレーションを目的とし1867年7月3日に最初の試験走行を行った。試験結果は良好で、ハーヴェイは路線を9番街を北上してマンハッタンの北端まで延伸する許可を得たが、1869年に発生した金融危機によって同社は破産宣告され、1871年にニューヨーク高架鉄道 (New York Elevated Railroad Company) として再出発し蒸気機関車による運行を開始した。 その後、1880年までにニューヨーク高架鉄道が3番街と9番街、新たに設立されたメトロポリタン高架鉄道 (Metropolitan Elevated Railway) が2番街と6番街に高架鉄道を開業させ、1879年には両社はともに鉄道王ジェイ・グールドの支配するマンハッタン鉄道 (Manhattan Railway Company) の傘下に統合された。高架鉄道は1880年には6803万1757人、1890年には1億8820万3877人を輸送するようになっていたが、騒音や煙を撒き散らすとともに街路への採光を妨げ、激しい混雑や運行速度の遅さなど都市高速鉄道としては問題が多く、住民の反対運動を招くことになった。
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