高崎安彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/11 04:32 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動高崎 安彦(たかさき やすひこ、1869年4月26日(明治2年3月15日) - 1911年(明治44年)1月11日)は、明治期の宮内省式部官、貴族院議員、男爵、正四位勲四等。
経歴
薩摩藩士高崎五六の長男。岡山生まれ、上京し、築地の大学校を経て慶應義塾に入り級外生となる。1886年(明治19年)アメリカへ留学、帰国後宮内省入りし奏任六等に叙す。大日本帝国憲法発布の際に欧米を視察。農商務省の職をもって1904年(明治37年)、西園寺公望の上海視察に同行。1905年(明治38年)伊藤博文の特派大使となり機密を預かり、韓国へ出張。
父の死に伴い、1896年(明治29年)5月18日に男爵を襲爵[1][2]。1897年(明治30年)7月に、貴族院男爵議員に選出され、死去する1911年(明治44年)1月まで二期在任した[3]。家督は弟高崎弓彦が継承し、同年1月31日、男爵を襲爵した[1][4]。
栄典
脚注
参考文献
![]() |
出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
|
- 『慶應義塾出身名流列伝』三田商業研究会編、実業之世界社、1909年(明治42年)6月、365-366頁。(近代デジタルライブラリー)
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。
- 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
外部リンク
日本の爵位 | ||
---|---|---|
先代: 高崎五六 |
男爵 高崎(五六)家第2代 1896年 - 1911年 |
次代: 高崎弓彦 |
- 高崎安彦のページへのリンク