靳詳
靳詳は若いころ同郡の郝昭と親しかったが、のちに蜀に捕らえられた。太和二年(二二八)十二月、諸葛亮が陳倉城の郝昭を包囲したとき、その監軍であった靳詳は使者として城外から郝昭に降服を呼びかけた。郝昭は矢倉の上から答えた。「魏の法律はあなたもよくご存じだろう。私の人柄もあなたはよくご存じだろう。むかし防備を固めて祁山を守ったときは安閑として用心が足らず、最終的に守りきることはできたとはいえ今でも忸怩たる思いを抱いておるのだ。私は死を覚悟している。あなたは帰って諸葛亮に伝えてくれ、すぐに攻撃せよと。」《明帝紀・同集解》 諸葛亮は郝昭の言葉を聞くと、ふたたび靳詳を使者として「人数が同等ではないのだから自分から無駄死にするような真似はなさるな」と説得させた。郝昭は靳詳に告げた。「以前の言葉でもう決まりだ。私があなたのことを知っていても、矢はあなたのことを知らないのだぞ。」靳詳は立ち去った《明帝紀》。 |
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