雑誌の終焉とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/08 19:48 UTC 版)
「マル勝PCエンジン」の記事における「雑誌の終焉とその後」の解説
編集を担当していた角川メディアオフィスの社員が一斉に退社して独立し、メディアワークス(現・KADOKAWAアスキー・メディアワークス事業局)を設立(いわゆる角川お家騒動)して、1992年12月に『電撃PCエンジン(現『電撃G's magazine』)』を創刊。当雑誌のイラストレーターを担当していた佐々木もそのままスライドで移籍する形で表示デザインを担当することになる。このため存続が危ぶまれたが、外部の編集プロダクションのマイクロデザイン第2編集部により編集が続けられた。追い打ちをかけるように『電撃PCエンジン』が事実上の『女神スタジアム』リニューアル企画である『女神天国』を開始したことなどもあり、それまでの連載はほとんど打ち切られ、読者もほとんど総ざらえに近い形で持って行かれ部数は低迷。1994年1月30日(月刊PCエンジン最終号と同日)発売の3月号で休刊し5年2ヶ月の雑誌の歴史に幕を閉じた。ちなみにその後に続く電撃G'sマガジン1999年2月号まで佐々木がデザインするキャラクターが毎号表紙を飾っていた。
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