隋の開皇年間とする説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/08 08:31 UTC 版)
「中国におけるイスラームの歴史」の記事における「隋の開皇年間とする説」の解説
『大明一統志』や、『旧唐書』(巻一九八、大食伝)、『皇明世法録』(巻八十一)、『明史』(巻三百三十二、西域伝)、また、742年(天宝元年)に建立された西安大清真寺の碑文には隋の楊堅の治世である開皇年間(581年から600年)にムスリムが中国を訪れ、イスラームが伝来したという記述があり、遠藤 (1911)や田坂 (1964a)によると、これをもってイスラームの伝来と信じているムスリムも多くいたという。しかし、この年代にはイスラームは誕生しておらず、従ってこれが中国に伝来するということは、金 & 溥 (2015)や田坂 (1964a)によるとありえないことだという。以下には『大明一統志』と西安大清真寺の文章を引用する。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}隋開皇中、國人撒哈八撒阿的斡葛思、始傳其教入中国 —『大明一統志』外夷・默徳那国 及隋開皇中、其教遂入於中華、流行散漫於天下 —西安大清真寺にある「創建清真寺碑」
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