虞卿とは? わかりやすく解説

虞卿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/19 16:21 UTC 版)

虞 卿(ぐ けい、紀元前3世紀中頃)は、中国戦国時代末期政治家歴史家弁論家。 後述するように「卿」は通称・尊称であり、本名は不明。趙の上卿・宰相を務め、また、歴史書『虞氏春秋』を著した。その史料と義侠に溢れた生き方は『史記』の著者司馬遷にも大きな影響を与えた[1][2]


注釈

  1. ^ 先々代の趙王である武霊王の家臣で、武霊王の政策により秦に派遣されて宰相を一時期務めたこともある人物。このときは秦から趙に使者として来ていた。

出典

  1. ^ a b 小川・今鷹・福島、p. 280。
  2. ^ a b 司馬遷『史記』「十二諸侯年表
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 司馬遷『史記』「平原君・虞卿列伝」
  4. ^ a b c d e f g h i j 司馬遷『史記』「范雎・蔡沢列伝」
  5. ^ a b c 『戦国策』「楚策四」
  6. ^ a b c d e f g h i j k 『戦国策』「趙策三」
  7. ^ a b c 『戦国策』「趙策四」
  8. ^ 劉向別録』による。
  9. ^ 常石、pp. 231-232。
  10. ^ 司馬遷『史記』「魏世家」
  11. ^ 司馬遷『史記』「春申君列伝」


「虞卿」の続きの解説一覧

虞卿(ぐ けい)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/26 00:42 UTC 版)

達人伝-9万里を風に乗り-」の記事における「虞卿(ぐ けい)」の解説

趙国宰相大賢名高くも、秦に追われるとなった魏の宰相魏斉から頼られる即座に身分捨て助命奔走する程の侠者でもある。

※この「虞卿(ぐ けい)」の解説は、「達人伝-9万里を風に乗り-」の解説の一部です。
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