若山牧水と御橋の桜
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/30 02:26 UTC 版)
1920年(大正9年)4月19日、下野歌人会に出席するため、若山牧水は宇都宮を訪れた。牧水は御橋のそばに咲く桜を目に留め、次のような短歌を詠んだ。 「 まちなかの 小橋のほとり ひややけき 風ながれゐて さくら散るなり 」 この歌を詠んだ時の宇都宮は、雷が鳴り強い雨が降っていた。牧水の見た「御橋の桜」は、橋の南詰に旅館とウナギ店が建ち、桜の木が育つ余地がなかったことから、北詰にあったものと推定され、具体的には琴平神社境内の桜だと考えられる。 都市化の波に揉まれて「御橋の桜」は姿を消したが、釜川改修工事に伴う周辺整備の一環で、牧水が桜を眺めたと見られる地点に近い、中央五丁目の御橋の下流側に牧水の歌碑とあずまや「牧水亭」が設置された。計画段階では、中央通り(シンボルロード)の桜橋付近に設置する予定であったが、牧水に思いを寄せる人々が史実通りの位置に置くべきと主張し、現在地となった。
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