綱要
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「SHORT LEG SUMMER」の記事における「綱要」の解説
2001年に前身となるバンドを設立するが解散。東野ハマジ一人で続けメンバーを探し2005年にファーストCDを自主販売。2007年6月にメジャーデビュー。歌声は串田アキラに通じるものがある。
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綱要
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「ザ・ヒットパレード (テレビ番組)」の記事における「綱要」の解説
1959年、当時の渡辺プロダクション社長の渡辺晋とフジテレビディレクターだった椙山浩一(すぎやまこういち、後に作曲家)の主導で企画されて放送を開始。開局間もなかった後発テレビ局のフジテレビでは賄えないほどのスケールであったが、渡辺プロダクションが制作費を肩代わりすることで乗り切っていた。 人気ロカビリー歌手だったミッキー・カーチスや長沢純の総合司会により、毎週人気歌手が多数出演してステージを繰り広げていた番組で、テレビが茶の間に浸透するきっかけを作った。この他に、司会は当時デビューしたばかりのザ・ピーナッツが務め、初期には「踊る指揮者」ことスマイリー小原が率いるスマイリー小原とスカイライナーズも毎週レギュラー出演。彼らは一躍スターダムにのし上がった。またコンボ・バンドとしてザ・ピーナッツのバックを務めていた「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」にも注目が集まるようになり、後年のグループ・サウンズ・ブームのきっかけともなる。 以後の『ミュージックフェア』『夜のヒットスタジオ』に代表されるフジテレビの音楽番組史の基礎を築いた番組であり、1970年3月まで10年10か月にわたって続いた。椙山作曲のメロディを用いたオープニングテーマも有名になり、後に数々の替え歌が各所で作られたりした(後述)。 長きにわたって火曜19時枠前半で人気を上げていたが、月 - 木の日替わりバラエティ『夜のゴールデンショー』開始のため、1969年10月4日(TBS『8時だョ!全員集合』の開始した日)に土曜19時前半枠へ移動した。1970年1月6日には『エスカレーションクイズ「対決!1対10」』との枠交換で火曜21時前半枠へ移動するも、3月31日をもって終了。10年10か月の放送に幕を下ろした。 この番組で組まれたフジテレビと渡辺プロダクションの共同制作枠は、その後も『新春かくし芸大会』や『クイズ・ドレミファドン!』『ウチくる!?』などの人気番組を次々と生み出し、現在放送中の『なりゆき街道旅』に至るまで引き継がれている。 尚、この番組のカラー化は、フジテレビの番組の中でも最も早い方で、1967年4月4日放送分からカラー放送となっている。 番組終了して7年後の1977年4月5日には、復活特番『ポップス20年〜ザ・ヒットパレード』を『火曜ワイドスペシャル』枠で放送。ハナ肇とクレージーキャッツ・平尾昌晃・坂本九・ミッキー・カーチス・スパーク3人娘(中尾ミエ・園まり・伊東ゆかり)・布施明・木の実ナナなど、かつての番組に関わった歌手が出演した。なおザ・ピーナッツは2年前の1975年4月に芸能界を引退したため、冒頭のタイトルコールは番組に残っている音声を使用した。
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