第二新市街
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/09 15:03 UTC 版)
1800年以降、最初の新市街の成功はより大きな計画へと結びついた。第二新市街はまたの名を新新市街(New New Town)といい、エディンバラを遥かリース川(Water of Leith)にまで拡張しようというものだった。エディンバラとリース川は、ストックブリッジ(Stockbridge)、ディーン(Dean)、キャノンミルズ(Canonmills)、シルヴァーミルズ(Silvermills)の各村で繋がっていた。開発は統一性を持って行われてはいたが、シルヴァーミルズの場合、皮なめし工場の操業の影響で、近隣での開発は数十年間にわたって抑制された。 新しい開発は街路全てを一纏りに建造するシャーロット広場のパターンに従った。クイーン・ストリート・ガーデンズはクイーン・ストリートの北に配置された。その庭園群を越えて、ダンダス・ストリート(Dundas Street)沿いに建物が続く。この街路はハノーヴァー・ストリートから拡張されたもので、キャノンミルズではリース川までほぼ1km に位置している。どちらの側にも広い街路群や大きな広場群が配置されている。 三番目にして最後の開発で、第二新市街の西側に位置するマリ伯(Earl of Moray)の領地に、マリ広場(Moray Place)とその周辺街路群が整備された。
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