稲荷村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/07 22:13 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| いなりむら 稲荷村 |
|
|---|---|
| 廃止日 | 1955年3月31日 |
| 廃止理由 | 新設合併 稲荷村、下大野村、大場村 → 常澄村 |
| 現在の自治体 | 水戸市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 茨城県 |
| 郡 | 東茨城郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 | 上大野村、下大野村、大洗町、大場村、酒門村 |
| 稲荷村役場 | |
| 所在地 | 茨城県東茨城郡稲荷村大字大串 |
| 座標 | 北緯36度20分12秒 東経140度32分37秒 / 北緯36.33653度 東経140.54372度座標: 北緯36度20分12秒 東経140度32分37秒 / 北緯36.33653度 東経140.54372度 |
| ウィキプロジェクト | |
稲荷村(いなりむら)は茨城県東茨城郡にかつて存在した村である。
地理
- 現在の水戸市の東部に位置する。
- 那珂川の河口付近に位置し、村域のほとんどは平地である。
歴史
村名は大字大串(大串村、現在の水戸市大串町)にある稲荷神社[1]に由来する。
村域の変遷
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、六反田村、栗崎村、東前村、大串村、島田村が合併し東茨城郡稲荷村が発足。
- 1955年(昭和30年)3月31日 - 下大野村・大場村との合併により常澄村が発足。同日稲荷村廃止。
- 1965年(昭和40年) - 旧村域の一部(栗崎の一部)が水戸市に編入。
- 1967年(昭和42年) - 旧村域の一部(六反田の一部)が水戸市に編入。
- 1992年(平成4年)3月3日 - 常澄村が水戸市に編入され消滅。
変遷表
| 1868年 以前 |
明治22年 4月1日 |
昭和30年 3月31日 |
昭和40年 | 昭和42年 | 平成4年 3月3日 |
現在 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 六反田村 | 稲荷村 | 常澄村 | 水戸市 に編入 |
水戸市 | 水戸市 | 水戸市 | |
| 常澄村 | 常澄村 | 水戸市 に編入 |
|||||
| 東前村 | |||||||
| 大串村 | |||||||
| 島田村 | |||||||
| 栗崎村 | |||||||
| 水戸市 に編入 |
水戸市 | ||||||
大字
- 六反田(ろくたんだ)
- 栗崎(くりさき)
- 東前(とうまえ)
- 大串(おおくし)
- 島田(しまだ)
人口・世帯
人口
総数 [単位: 人]
| 1891年(明治24年) | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2,622 |
| 1920年(大正 9年) | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2,834 |
| 1935年(昭和10年) | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 3,044 |
| 1950年(昭和25年) | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 3,274 |
|
この節の加筆が望まれています。
|
世帯
総数 [単位: 世帯]
| 1920年(大正 9年) | ![]() ![]() ![]() ![]() 588 |
| 1935年(昭和10年) | ![]() 556 |
| 1950年(昭和25年) | ![]() ![]() ![]() 661 |
|
この節の加筆が望まれています。
|
交通
鉄道
脚注
参考文献
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809
関連項目
固有名詞の分類
- 稲荷村のページへのリンク








