白河以北
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 13:22 UTC 版)
江戸時代初期には主に東北諸藩の参勤交代の交通・連絡に用いられたが、江戸中期には蝦夷地開発のため、江戸末期にはロシアからの蝦夷地防衛のために往来量が増加した。蝦夷地松前宿以北は福山街道と重複しており箱館まで至る。1872年(明治5年)以降はさらに渡島国亀田郡函館から石狩国札幌郡札幌までの札幌本道に接続して、北海道へのアクセス路線を担っていた。1873年(明治6年)に陸羽街道と改称され、現在は大部分が国道4号となり、並行して東北自動車道・八戸自動車道が通っている。
※この「白河以北」の解説は、「奥州街道」の解説の一部です。
「白河以北」を含む「奥州街道」の記事については、「奥州街道」の概要を参照ください。
- 白河以北のページへのリンク