猩々軕(しょうじょうやま)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 02:05 UTC 版)
「大垣祭」の記事における「猩々軕(しょうじょうやま)」の解説
現存。1945年に戦災により焼失したが、2001年再建。その後、漆塗り・金具・彫刻が施された。謡曲「猩々」を題材にとったからくりを芸に持つ。 長さ: 5.42m 幅: 2.70m 高さ: 5.34m 奉芸の際は五番立ての「鬼」を担当。 からくり芸は、「トイ」と呼ばれる大床板(軕の上部から突き出ている)の先に置かれた大酒壺に猩々人形が歩み寄り、その中の酒を鯨飲して顔を赤らめる。そして、謡曲「猩々」が謡われると、猩々人形は獅子に変じ、大酒壷は割れて中から牡丹の花が咲き乱れ、獅子がそれに戯れ踊り狂うというもの。 二層構造になっており、正面と側面(一層と二層の間)に千匹猿の彫刻が施され、一匹も同じ様相がないといわれる。 見送り幕は、上部の窪田華堂の筆による賛と、下部の郷土の画家、和田能玉の描く「白澤怪」が豪華な手刺繍で縫い上げられてある。 宮町が担当する。
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