独立校時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/13 20:25 UTC 版)
「長浜市立南郷里小学校」の記事における「独立校時代」の解説
1872年 - 宮司神事会議所に教訓学校が開校。(宮司・小堀・南田附) 1875年 - 教訓学校を廃し、要明学校を創立。集義学校(加納・榎木)、開新学校(石田・堀部・小屋・七条)を創立。 1877年 - 要明学校を教徳学校と改称。(宮司・小堀・南田附・今川)集義学校を廃し、加納に共和学校を創立。(加納・榎木・新栄・南小足) 1878年 - 教徳学校を拡知学校と改称。(宮司・小堀・南田附・今川・大東・室・大辰巳・永久寺) 1885年 - 拡知・共和・七条(開新より分離)・研幾(寺田)の4校を合併、尋常科宮司小学校とし、拡知に本校を置く。 1893年 - 南郷里村に宮司尋常小学校,七条尋常小学校,加納尋常小学校を作る。
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