沼御前とは? わかりやすく解説

沼御前

作者瀬川貴次

収載図書実録カトレア寮の怪
出版社集英社
刊行年月1998.10
シリーズ名集英社スーパーファンタジー文庫


沼御前

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/17 23:02 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
画像提供依頼沼沢湖の「湖水まつり」の大蛇像の写真[1]の画像提供をお願いします。2011年8月

沼御前(ぬまごぜん)は、福島県大沼郡金山町沼沢湖(沼沢沼)の主と伝えられている大蛇

髪の長さが2丈(約6メートル)もある若い美女に化けることができ[1]、人を惑わせたり襲ったりし、近隣の村人たちから恐れられたと伝えられている[2]。鉄砲で撃たれても死ななかったともいわれる[3]

伝承

大蛇退治

鎌倉時代。当時の領主・佐原十郎義連は、村人の恐れるこの大蛇を退治するため、家来50~60人(12人という説もある[4])を率いて船や筏で沼に進み出でた。

義連たちが大蛇を罵る言葉を吐くと、空が曇って雷鳴が轟き、大入道が現れた。義連たちはこれぞ大蛇の化身と立ち向かったが、荒れ狂う波に船が揺れて自由に戦うことができず、波の中へ姿を消してしまった。湖畔で待機していた家来たちはどうすることもできず、ただ慌てるばかりであった。

やがて荒波と共に、大蛇が苦しみつつ姿を現した。その頭には義連が跨って刀を振りかざしていた。家来たちもろとも大蛇に飲み込まれながらも、刀で大蛇の腹を斬り裂いて脱出したのだ。本来なら蛇の腹の中の猛毒で命を落とすはずであったが、彼の兜に縫い付けられていた金の観音菩薩が蛇の毒から身を護ってくれたのであった。

こうして大蛇は退治され、義連はその頭を斬り落として土に埋めた。その後も大蛇の怨念は地の底から機を織るような音をさせたので、祟りを鎮めるため、人々は神社を建てて大蛇を祀ったという[1][5]。この神社は、現在においても沼御前神社として金山町に実在する[1]

沼沢湖では、この伝説を再現した「湖水祭り・大蛇退治」が毎年8月の第一日曜日に開催されている[5]

その後

退治されたはずの大蛇がその後も生きていたと思わせる伝承が残されている。

その1
弘安年間の7月。おなつという少女が沼沢湖で泳いでいる最中に消息を絶ち、大騒動となった。人々は昼夜問わずおなつを捜索したが、見つかることはなかった。
3日が過ぎた頃、村に滞在していた実宗という上総国山伏が、おなつを嫁に貰うという条件のもと、おなつを探し当てることを請け負った。実宗は三日三晩、滝に打たれて断食祈願をした末、おなつの居場所を言い当てた。その言葉通りの場所でおなつは助け出されたものの、言葉を喋らず、夕陽を見て泣くばかりの毎日を過ごしていた。
最期におなつは「沼御前は昼に機を織り、夜には乙姫様のような姿から恐ろしい大蛇と化す」と語ったという[4]
その2
正徳3年(1713年)。ある猟師が、早朝に沼沢湖に猟に行った。すると向こう岸で、髪の長さが2丈あまりもある、20歳ばかりの美女が腰から下を水に浸け、せっせとお歯黒を付けていた。
これぞまさしく湖の主の大蛇に違いないと、強気な猟師は狙いを定めて鉄砲を放った。女は胸板を撃ち抜かれ、そのまま水中に消えた。途端に雷鳴のように音が轟き、波は荒れ、黒雲が立ちこめ、水煙が空に届くほど湖水が沸き立った。
驚いた猟師は一目散に逃げ帰ったが、幸いにしてその後は何の祟りも無かったという。これは江戸時代中期の書物『老媼茶話』に語られている[1]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 村上健司編著『妖怪事典』毎日新聞社、2000年4月、257-258頁。ISBN 978-4-620-31428-0
  2. ^ 多田克己『幻想世界の住人たち』IV、新紀元社Truth In Fantasy〉、1990年12月23日、148頁。ISBN 978-4-915146-44-2
  3. ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社、1997年5月、227頁。ISBN 978-4-88317-283-2
  4. ^ a b 沼沢湖の歴史と伝説について”. 妖精の里 かねやま. 金山町商工会・観光協会. 2007年12月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年10月12日閲覧。
  5. ^ a b 村野井幸雄「乙女の像 奥会津に棲む神々」『朝日新聞朝日新聞社、2000年9月28日、東京地方版 福島、30面。2008年10月12日閲覧。オリジナルの2007年10月24日時点におけるアーカイブ。

沼御前

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/27 14:25 UTC 版)

うらたろう」の記事における「沼御前」の解説

怪物美しい女性の姿に化けることができる。彼女を退治しようとした千代食べようとしたが、温羅太郎に腹を裂かれ斃された。

※この「沼御前」の解説は、「うらたろう」の解説の一部です。
「沼御前」を含む「うらたろう」の記事については、「うらたろう」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「沼御前」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「沼御前」の関連用語

沼御前のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



沼御前のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの沼御前 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのうらたろう (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS