江戸っ子と田舎大名
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 14:28 UTC 版)
義央が浅野長矩を「田舎大名」と愚弄した根拠はない。ただ、義央も三河国(愛知県)などに領地を持つ旗本である。両者の違いは、旗本と大名の問題に起因している。旗本は自らの領地に入ることがほとんどなく、家臣を代官に任命して派遣し、すべてを任せている場合がほとんどである。義央も領地三河国幡豆郡吉良庄に入ったのは一度のみで、上野国緑野郡白石村と碓氷郡人見村に至っては一度も行ったことがない。そのため、旗本が領地に自己同一性を持つことはほとんどない。一方、大名(特に外様大名)は参勤交代で隔年に領地に入るので、領地において地元や居城・領民などへの愛着を持つ傾向が強かった。旗本や譜代大名からは「田舎大名」と失笑を買うことがあった。
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