死に至った経緯と最期の様子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/31 03:42 UTC 版)
「ジャコ・パストリアス」の記事における「死に至った経緯と最期の様子」の解説
1987年9月11日、地元フォートローダーデールに来ていたサンタナのライブに無許可で飛び入りしようとしたところ、警備員に取り押さえられ、会場から追い出されてしまった。翌日未明、「ミッドナイト・ボトルクラブ」という店に泥酔している状態で入ろうとしたところ、空手技能を持ち合わせたガードマンと乱闘になる。乱闘の際、コンクリートに頭部を強打、脳挫傷による意識不明の重体 に陥ってしまった。 病室では昏睡状態が続いて一向に意識回復などの兆しがみられず、植物状態としてかろうじて心臓だけは動き続けていた。親族による話し合いの末、ジャコの父親であるジャック により人工呼吸器が外され、1987年9月21日、21時25分、親族と病院関係者らが見守る中、永眠。彼の生まれ故郷であるフロリダの地で35年9か月あまりの生涯を閉じた。暴行容疑で逮捕起訴されたガードマンのリュック・ヘイヴァンは、後の裁判で第二級謀殺罪が適用されたが、4カ月の収監の後保釈された。
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