森家臣時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/22 21:06 UTC 版)
その後、妹の岩が側室として嫁いでいる森忠政の家臣として仕える。忠政は山三郎を気に入り、見目麗しい事や茶の湯や和歌に関しても見識が深い事から扈従役(饗応役)として取り立てられ、5000石の所領を与えた(後に5300石まで加増)。また、山三郎の妹2人が森家重臣の小沢彦八郎、各務正休(元峯の弟)と婚姻を結んだため、山三郎は森家中で大きな発言力を持ったが、それを快く思わない森家譜代の重臣井戸宇右衛門とは仲が悪く、度々、口論など諍いを起こしたとされている。
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