梅辻春樵とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 文化 > 文芸 > 漢詩人 > 梅辻春樵の意味・解説 

梅辻春樵

読み方うめつじ しゅんしょう

江戸後期儒学者詩人近江坂本日吉神社神職別姓に琴、名は希声、字は延調・子琴、別号を豈軒・無絃、通称勘解由皆川淇園村瀬栲亭にまなぶ。京都出て開塾し、著に『春詩草』がある。安政4年(1857)歿、82才。

梅辻春樵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 15:00 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

梅辻 春樵(うめつじ しゅんしょう、安永5年4月7日1776年5月24日) - 安政4年2月17日1857年3月12日))は、江戸時代神職漢詩人儒学者。実名は生源寺希声(まれおと)。春樵は別号で、ほかに愷軒(がいけん)、無絃(むげん)とも号した。字は延調。通称は勘解由。子に梅辻改絃、梅辻秋漁がいる。

安永5年(1776年)、生源寺行整の子として生まれる。文化4年(1807年)、弟の生源寺希烈に神職を譲り、京都に隠居した。

皆川淇園村瀬栲亭に学び、儒学に長け、漢詩をよくした。京都では私塾を開き、多くの門人を抱えた。山本亡羊石田冷雲らと交流があった。著書に『春樵隠士家稿』『春樵詩草』などがある。

安政4年(1857年)、82歳で亡くなった。墓所は高台寺

参考




梅辻春樵と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「梅辻春樵」の関連用語

梅辻春樵のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



梅辻春樵のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
株式会社思文閣株式会社思文閣
Copyright(c)2025 SHIBUNKAKU Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの梅辻春樵 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS