本誓寺 (長野市)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 本誓寺 (長野市)の意味・解説 

本誓寺 (長野市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/16 03:05 UTC 版)

本誓寺
所在地 長野県長野市松代町松代1309
位置 北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度 / 36.560833; 138.202028座標: 北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度 / 36.560833; 138.202028
山号 平林山
院号 新田院
宗旨 真宗大谷派
創建年 建保元年(1213年)
開山 親鸞
正式名 平林山新田院真田園 本誓寺
本誓寺
本誓寺 (長野県)
テンプレートを表示

本誓寺(ほんせいじ)は、長野県長野市松代町松代に存在する真宗大谷派の寺院。山号は平林山、院号は新田院。

歴史

寺伝では、建保元年(1213年)親鸞善光寺に参詣した折、信濃国埴科郡倉科荘の藤原寺という天台宗寺院を修繕・再興し、現在の本尊となる阿弥陀如来木像を安置して、二十四輩に列する高弟の是信坊の付与した。新田義貞の子・貞重は、父の討死後に当寺に弟子入りし、のちに第4代の宗信住職となった。正平元年(1346年)、同郡生萱村に遷移したが、永禄2年(1559年)、武田信玄によって倉科村に戻されると同時に70貫文が寄進された。石山合戦中の天正5年(1577年)には、石山本願寺に兵糧68俵を献上して支援した。慶長15年(1610年)、松平忠輝によって松代城下に移され、倉科村に寺領10石を与えられた。正保年間に玄弥住職が真田信之から「真田園」の号を授かった。

概要

往時は1万1500坪の境内に七堂伽藍の他、覚円寺、本覚寺、正興寺、乗蓮寺の4ヶ寺が伽藍を並べたが、天保11年(1840年)に火災によって悉く焼失した。昭和46年(1971年)に本堂が再建された。

本尊の阿弥陀如来木像は親鸞作とされ、それを納める厨子元和5年(1615年)に将軍徳川秀忠が寄進したものとされる。寺宝には本願寺光兼(実如)が裏書した永正8年(1511年)の親鸞の画像と阿弥陀如来画像、武田信玄の制札と安堵状、本願寺光佐(顕如)が裏書した親鸞筆の名号、蓮如の御影軸などがある。

参考文献

  • 『探訪 信州の古寺 浄土教・日蓮宗』1996年 郷土出版社

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  本誓寺 (長野市)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「本誓寺 (長野市)」の関連用語

本誓寺 (長野市)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



本誓寺 (長野市)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの本誓寺 (長野市) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS