本丸の御成御殿
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/19 10:09 UTC 版)
特殊な用途として、江戸時代の大坂城や名古屋城、淀城、宇都宮城、川越城などのように、本丸に置かれた御殿を将軍が「御成」の際の宿泊所として使用するため、本来の城主は本丸以外の曲輪に別の御殿を置いて、そこで政務や日常生活をしていた例もあった。名古屋城や淀城の場合は、おもに将軍が京都に上洛する際の宿泊所として、宇都宮城の場合は日光東照宮に参詣の将軍が御成の際に宿泊した。大坂城の場合は江戸の徳川将軍家が直接の城主であったため、普段は幕府派遣の大坂城代とその部下たちが西ノ丸や二の丸に詰めていた。こうした徳川将軍の御成専用の本丸御殿は「御成御殿」と呼ばれていた。
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