旧軍時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/14 05:30 UTC 版)
「多摩サービス補助施設」の記事における「旧軍時代」の解説
元々は大日本帝国陸軍の造兵廠火工廠板橋製造所多摩分工場(多摩火薬製造所)として1938年(昭和13年)に開所された。1939年(昭和14年)9月の段階では、敷地面積284,039坪(約939,000m2)、従業員数883名で、炸薬と伝火薬筒(炸薬と信管の中間にあって爆発を媒介するもの)を中心に製造をしており、炸薬は月450トンを生産していた。終戦時には、敷地面積52万3464坪(約173万0572m2)、従業員数2085人まで拡張された。その名残で、今も施設と稲城市の城山公園との境界線には「陸軍用地」と書いた石碑が立つ。
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