断層破砕帯の掘削
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 02:43 UTC 版)
「城山トンネル (湖西線)」の記事における「断層破砕帯の掘削」の解説
1967年(昭和42年)12月27日、山科側の坑口から444m(山科からのキロ程70km228m)付近で、断層破砕帯による土砂流出・湧水により掘削が不能となった。そのため、ボーリング調査及び水抜きのため本坑より迂回して南側に2本、北側に1本水抜き坑を掘削したが、いずれも断層破砕帯に達したところで土砂流出・湧水により掘削が不能となった。水抜き坑ではこの断層破砕帯の掘削が困難であるため、薬液注入により止水、地盤の強化を行なった。その後掘削を再開したが、坑口から449m(山科からのキロ程70km233m)付近で再び湧水に遭遇したため、掘削断面を縮小して掘削したり、松矢板の代わりにトレンチシートを打ち込みながら施工する等悪戦苦闘の末、この約11mの断層破砕帯を138日かけて突破した。 また、近江塩津側からの掘削でも、湧水や地圧のため、様々な工法を試しながら施工する難工事であった。
※この「断層破砕帯の掘削」の解説は、「城山トンネル (湖西線)」の解説の一部です。
「断層破砕帯の掘削」を含む「城山トンネル (湖西線)」の記事については、「城山トンネル (湖西線)」の概要を参照ください。
- 断層破砕帯の掘削のページへのリンク