戦後のディーゼル機関車製造業界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/08 06:14 UTC 版)
「モントリオール・ロコモティブ・ワークス」の記事における「戦後のディーゼル機関車製造業界」の解説
第二次世界大戦の終結後、MLWをはじめとするメーカーは機関車製造に復帰した。MLWはアメリカからの輸入に制限を加える保護貿易政策により、利益を計上し続けた。製造する機関車は蒸気機関車からディーゼル機関車へと替わり、新たな競合メーカーも現れた。 1949年、ゼネラルモーターズの機関車製造部門のカナダでの子会社としてゼネラルモーターズ・ディーゼル(GMD、GM-EMDのカナダにおける子会社)がオンタリオ州ロンドンに設立された。 長年、MLWにとって蒸気機関車製造の競合者であったカナディアン・ロコモティブ・カンパニー(CLC)はボールドウィンの協力を得てボールドウィンやその子会社のホイットコムの機関車を輸入、製造した。ボールドウィンが倒産した後、CLCはフェアバンクス・モース(FM)の機関車をライセンス生産した。なかでも有名なものはトレインマスターである。またGEがアメリカでのロード・スイッチャー市場に参入する前は、GEの機関車も製造した。
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